名前 漢字 ハングル |
ミョン・ゲナム 明桂男 명계남 |
生年月日 |
1952年7月26日 |
性別 |
男 |
サイズ |
170cm |
出身校 |
延世大学神学科中退 |
出演映画 |
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ドラマ |
青い鳥はいる(1997,KBS)
熱愛(KBS)
天気漏洩(MBC)
お前のために誰も知らずに(MBC)
冬から春へ(MBC)
英雄神話(Hero's Legend,MBC)
男女6人恋物語(原題:男3人女3人)
テーマ・ゲーム
ニューヨーク・ストーリー(SBS)
ミスターQ(1998,SBS)
追憶(1998,MBC)
明日に向って撃て(MBC,1998)
学校(1999,KBS)
学校2(1999,KBS)
新貴公子(2000,MBC)
カシコギ(2000,MBC)
Hotelier(2001,MBC)
絹の香りのする花が咲く木(2001,KBS)
雪だるま(2003,MBC)
ナイスガイ(MBC,2003) (原題:いい人)
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演劇 |
コントラバス
老いた娼婦の歌
老いた泥棒の歌
蜚言所(ピオンソ)
生寡婦慰謝料請求訴訟
など多数
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「韓国映画はミョン・ゲナムが出てくる映画と、出てこない映画に分けられる」とまで評される名バイプレイヤー。決して主役になることはなく、出演作は脇役かちょい役のみ。元々は演劇界で活躍していたが、1993年の映画界進出以降、毎年数本の作品に出演。「ミョン・ゲナムが出てこないと安心できない」,「ミョン・ゲナムが映画のどこで脇役出演するかチェックするのが楽しみだ」といった声もある。
延世大学の演劇芸術研究会で演劇活動を始める。初めての舞台は第一回大学演劇祭の『動物園物語』(1973)。「同行」,「セシル劇場」,「倉庫劇場」,「山河」,「思潮」,「劇団76」などの劇団で俳優や企画担当者として活動する。1985年までに企画/出演した演劇作品は、『幻想殺人』,『悲しいカフェの歌』,『真夏の夜の夢』,『迷宮』,『誕生日パーティー』,『神様、非常です』,『駒』,『パン』,『理想の翼』など。1985年に劇団「卍紋」を創立し代表に就任する。
1985年から1992年まで広告業、コピーライター、イベントプランナー、クリエイティブ・ディレクター、リゾート開発計画などでサラリーマン生活を送り、1993年に演劇界に復帰。1995年に公演企画「イダ」代表となり、1996年には劇団「イダ(異質で他の演劇とは違うという意味)」を創設し代表に就任。公演企画「文化工場」,「イダ」などを通じ、演劇『コントラバス』(1995),『老いた娼婦の歌』(1995),『老いた泥棒の歌』(1996),『蜚言所(ピオンソ)』(1997),『生寡婦慰謝料請求訴訟』などを企画製作&出演する。
1996年からはテレビ番組にも出演するようになり、ドラマでも活躍。特に、テレビ・ドラマ『ミスターQ』ではお茶の間の人気者に。
1997年からはCMにも出演し、教養プロラムのMCも担当する。また1996年には出版社「人の間」を創立し代表に就任した。
映画はパク・クァンス監督とイ・チャンドンの誘いで、1993年に『あの島へ行きたい』でデビュー。
長編映画の他にも、イム・スルレ監督の『雨の中の散歩』,ユク・サンヒョ監督の『悲しき熱帯』といった若手有望監督の短編映画にも数多く出演している。
1996年にイ・チャンドン、ヨ・ギュンドン、ムン・ソングンと四人でイースト・フィルムを設立。同社の代表となり、『グリーンフィッシュ』を製作。1999年にムン・ソングン等と映画投資会社「ユニコリア文芸投資」を創立し理事に就任。『ペパーミント・キャンディー』を製作した。
1998年はスクリーン・クォーター監視団共同委員長としても活躍した(彼の活躍ぶりは『太陽を射て!/韓国映画人が熱く燃えた日』で見ることが出来る)。1999年の『イ・ジェスの乱』では初めて主役級の配役を演じた。また1999年に設立された映画人会議の事務総長にも就任している。
2000年に俳優養成のために「アクターズ21アカデミー」を開設。2001年には釜山フィルム・コミッションの運営委員長に就任する(翌2002年5月に辞任)。同じく2001年に金城一紀の小説を映画化した『GO』に特別出演。大使館員役を演じた。
次回作はチャン・ソヌ監督の『リザレクション』。
2003年に、釜山、全州、ソウルに続き四番目のフィルム・コミッションとして組織された南島映像委員会の運営委員長、そして光州国際映画祭の執行委員にも就任。
初版:1999
最新版:2003/5/25
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