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アジアフォーカス・福岡映画祭2003 リポート
『Lovers' Concerto』

Reported by 井上康子
2003/10/17受領



『Lovers' Concerto』 2002年/原題:恋愛小説/邦題:永遠の片想い
 監督・脚本:イ・ハン(新人)
 主演:イ・ウンジュ/ギョンヒ(『虹鱒』『オー! スジョン』『バンジージャンプする』
     ソン・イェジン/スイン(『酔画仙』、『ラブストーリー』)
     チャ・テヒョン/ジファン(『猟奇的彼女』


<ストーリー>

 生活に追われ、好きだったカメラにほとんど触ることもなくなっていたジファンのもとに差出人の記されていない手紙が届く。中にはメッセージの記された一通のモノクロ写真が入っており、封筒から漂う石鹸の香りは彼のある記憶をよみがえらせた。彼は、かつて、スインとギョンヒという高校で同級生だった、親友同士の二人の女性と親しくなり、三人は映画に行ったり、遊園地に行ったり、旅行をしたり、楽しい時間を共有し、またお互いに強い絆を感じていたのだった。しかし、五年前にあることをきっかけにジファンがぎこちなさを感じるようになった時、二人はジファンの前から姿を消してしまった。この手紙はスインからのものか、あるいはギョンヒからのものか? 二人は現在どうしているのか? ジファンは彼女たちに再会できるのか?

※ 以下では、この作品の結末、およびギョンヒとスインの秘密について具体的に触れています。作品を未見の方はご注意下さい。


<鑑賞記>

 私は『八月のクリスマス』を観たとき、上映開始まもなくハン・ソッキュ演じるジョンウォンが食事の支度のために庭先で水を流しながら丁寧に丁寧に野菜を洗っている、あのシーンを観ただけで、「あー、彼は自分の残された時間を丁寧に丁寧に過ごそうとしているんだ」とグッときてしまい、あそこからハンカチが必要になった人間です。「死」を身近にしているという設定に弱いんです。この映画についてはもう爆涙状態でした。

 スインについては「何もしないのに、どうしてこんなにやせるんだろう」という台詞等、いくつかのヒントを観ている側は与えられ、彼女が病気を有していることは早くから知らされるのですが、ギョンヒについては彼女のキャピキャピした動きに惑わされ、「(また)お腹が空いた」といった健康さを暗示する台詞もフェイントとしてかけられていて、ギョンヒも病気であるということは知らされません。

 二人の親密な関係は、あの年齢に特別な女子高生同士の仲良しの強いつながりがさらに発展したものなのか、と思って観ているうちに、結末でギョンヒも病気を抱えていたこと、二人は幼い時から病気で、高校生になってから出会ったのではなく、すでに幼い時に入院先の病院で出会い、共に支えあいながら入院生活を送ったことが提示されます。彼女たちが深いつながりをつくっていった事情がこのように提示されることで、改めて観る側は二人のつながりの深さを強く実感させられることになります。

 この映画の核になっているのは、この女性二人の一体化しているような強いつながりです。ジファンは彼女たちの守護天使のような役割を果たしており、映画館ではスインの横の背もたれに足を乗せてきた怖いおじさんから二人を守ったり、旅行の経験もないことをさびしく思っている二人に頼まれ旅行に連れ出したりと奮闘しています。ジファンとギョンヒは互いに異性としての愛情を意識するようになりますが二人は結ばれることはなく、ギョンヒはより強い絆で結ばれているスインの元へと旅立っていくことになります。

 私がこの作品で最も感動したのは、彼女たちは名前を取り替えていたのですが、その名前を取り替えるというアイデアと、幼い時に二人が名前を取り替える話をするシーンです。幼い二人が病院でひとつのベッドの中にいて、スイン(この時点ではギョンヒ)の「名前を取替えっこしよう。そうすれば離れてしまわないといけないことがあってもいっしょにいられるから」という提案で名前を取り替えます。すでに二人は死によって別れなければならない時が来る事をどこかで感じていてこういう提案をしているのですが、とても無邪気な子供の遊びとして「名前を取り替えっこしよう」と話すのです。二人の幼い頃を演じている子役の二人もかわいくて、このシーンは今思い出してもウルウルしてきます。

 名前を交換する。二人の人間の一体感を示すこれ以上のアイデアはないんじゃないでしょうか。

 また、イ監督はティーチ・インの中で「(名前を交換するというアイデアは)どこかにミステリーの要素を入れた方がいいと思い、散々悩んで頭をひねって考え出しました」とおっしゃっていましたが、まず、作品冒頭の差出人の記されていない手紙で軽い緊張感を観る側に与え、次には、作品後半で(理由を提示せずに)名前を取り替えていたという事実を知らせ、観る側の緊張感を一気に高めています。このように観る側を飽きさせない工夫としてもこのアイデアは見事です。

 この映画の中でチャ・テヒョンは人物の設定に違いはありますが、『猟奇的彼女』と同じく守護天使としての役割を暖かい優しさの感じられる演技でこなしています。ソン・イェジンは清楚ではかなげなスインにまさにぴったり。彼女が悲しげに「旅行に行ったこともないのよ」とか「私にもわからない」とつぶやくと、同性の私でさえメロメロになってしまいます。そして、特筆すべきはイ・ウンジュです。ギョンヒは三人の中の核になる人物です。ギョンヒはスインを愛していますが、同時にひそかにジファンを異性として愛しています。ギョンヒはスインとジファンに対する思いの中で葛藤し、さらに病気であることをジファンに伝えていないことも加わり、いろいろな思いを内に秘めている複雑な人物です。そして、時間の経過と共に自分の中にあるいろいろな側面を観る側に示していきます。イ・ウンジュはこの複雑な人物を好演しています。私は彼女の演技を観たことがなく、最近の話題の大作『ブラザーフッド』ハン・ソッキュの次回作『塩人形』への続けての主演の話を耳にして、どんな女優さんなのだろうと関心を持っていましたが力量のある方だと納得しました。

 イ監督によるシナリオの緻密さや出演者の力量の高さによって、五年という時間の経過やそれに伴う登場人物の思いの変化にも、違和感なく共感をもって観る側も対応できます。本当に丁寧に作られた映画です。イ監督はティーチ・インの中で「強い印象の映画でなくても、見終わった後、何年か経っても、ふと時々思い出してくれる、そんな映画を作りたいと思って発想しました」とおっしゃっていましたが、この映画は私にとってそういう映画になると思います。



<第1回ティーチ・イン イ・ハン監督>

 2003年9月15日 ソラリアシネマ1にて
 司会:佐藤忠男(アジアフォーカス・福岡映画祭ディレクター)
 通訳:根本理恵

Q: 監督さん御自身の経験に基づいて脚本が書かれたと公式カタログにありましたが、どのような経験がおありだったのですか?
監督: おそらく私がお話ししたことが、いろいろ口伝えで伝わっていくうちに、どんどん話が大きくなっていってしまったようで、私の経験とぴったり同じというところはひとつもなくて、全体的に見たら10%位が少し似ているかなという感じです。出会いの辺りは結構似ていまして、最初に出会った女性に自分が恋心を抱いたときの気持ちを活かしながらこの映画を作りました。

Q: ジファンを演じたチャ・テヒョンさんの大ファンです。監督さんから見て彼はどんな俳優さんですか?
監督: 私もファンです。日常生活の中で彼を見ていますとちょっといたずらっぽいところもあるんですが、本当に心の優しい方でその優しい心が映画にも出ていると思います。その優しい姿がありのままに映画にも現れている気がします。

Q: 三人で映画を観に行った時にかかっていた映画が『イルポスティーノ』でした。郵便配達夫の話というのはわかるのですが、今回の映画では死が身近ですが、『イルポスティーノ』の主演の俳優も撮影後、亡くなっており、そのためこの映画を選択されたのでしょうか?
監督: 私は死と結びつけて『イルポスティーノ』という作品をこの映画の中に入れたのではなく、もともとこの作品が好きだったので使ったのですが、今回の作品に出てくる郵便配達夫は『イルポスティーノ』という作品へのオマージュというつもりで登場させました。
Q: もうひとつ質問ですが、この映画は暗いと思います。ラストはギョンヒも死にますし。なぜここまで暗めにされたのか意図をお聞かせください。
監督: 色々考えてこのようにしました。このような終わり方が観客にとって受け入れ易いと思いました。

Q: どこで撮影されたのでしょうか? 三人が旅行に行ったのはどこですか?
監督: 韓国のどこかひとつの場所でずっと撮ったのではなくて、韓国にある道(日本の県にあたる)をほとんど回りながらあちこちで撮影しました。主には全羅道です。三人が旅行に行ったのは京畿道です。
司会: 色々なところをバラバラに撮ってつないでいるのですか?
監督: ひとつのシーンはほとんど一ヶ所で撮ってそのシーンを色々なところでつないだような形になります。

Q: 名前を取り替えるという発想は何かきっかけがあったのでしょうか?
監督: 最初はただ、女二人、男一人の愛情物語にしようかと思っていたのですが、それで最後まで通すのは観ている人がつらいと思いまして、どこかにミステリーの要素を入れた方がいいと思い、散々悩んで頭をひねって考え出しました。

Q: 韓国の色々な場所でロケをなさったとのことでしたが、色々な場所で撮ったのは何か意図がおありだったのですか?
監督: 私は一本の映画を撮るときは真心を込めて一番いい映像を撮りたいと思いまして、いい画面を作るために色々なところで撮影しました。

Q: 『猟奇的彼女』でカプセルを埋めたのと同じ場所をロケで使っていましたか? 旅先で雨が降るシーンはどんな意味があったのでしょうか?
監督: 『猟奇的彼女』とは全く違う場所です。雨のシーンを入れたのは、「雪」という台詞を引き出したくて、「また冬になっても一緒に来ようね」と約束してもらいたくて雨のシーンを入れました。

Q: 女優さん二人の演技がすばらしかったのですが、キャスティングはどんなふうに進められたのでしょうか?
監督: 二人ともですが、私がどうしても出演してほしいと追い掛け回してお願いしました(笑)。

司会: 日本では最近純情であることにあまり価値を置いておらず、純情な若者が映画には出てきませんが、韓国では純情な男女がいっぱいですね。特に最近多いですね。特に最近そういう傾向が強いのでしょうか?
監督: 最近の傾向かどうかわからないんですけど、最近の韓国の人たちは優しい人たちが多いという気がします。
司会: ええ優しいですよ。私なんか韓国で地下鉄に乗ると必ず席譲ってもらっています(笑)。日本ではこんなことないですよ。それが純情かどうかはわかりませんが。

Q: 子供たちが落書きする塀の場所が気に入っています。あの塀は作られたのですか、それとも、ロケーション・ハンティングで見つけられたのですか?
監督: 作りました。

Q: ジファンの妹の恋の物語は映画全体でどういう意味を持つのでしょうか?
監督: これは私だけの考えかもしれないのですが、誰かを愛する気持ちというのは自然に伝染していくんではないかと考えます。ジファンは妹が誰かに恋している姿を見て、自分の初恋の気持ちを思い出したり、愛する気持ちをどんどん強くしていくような、そんな役割があったと思います。

司会: 私が韓国映画を研究しはじめた25年位前、韓国に行くと男尊女卑の国だなと思いました。そういう局面によく出会いました。近頃は韓国の男性が優しくなったなあと思います。いつからそういう変化が起きたんでしょうか?
監督: 結婚するのがたいへんになった頃から(笑)。
司会: そんなに結婚するのがたいへんになったのですか?
監督: 冗談です(笑)。
司会: ここ20年位の間に韓国の社会に非常に大きな変動があったことは間違いないですよ。それで若い人たちが20年位前から様変わりしていますね、とてもいいことだと思います。

Q: 昔の韓国映画は苦労してやっと幸せになれると思ったらまた不幸のどん底に突き落とされたりして暗い気分になることがありました。最近はハッピー・エンドの作品が多いですが監督はそのことをどう思っていらっしゃいますか?
監督: いいことだと思います(笑)。
司会: ここは若い女性が多いですが、昔の韓国映画は若い女性の観るもんじゃなかったですよ。苦労に苦労を重ねたおばさんたちが、また、その人たちをいじめた男たちが、観ていたものでした。こんな風に若い女性が韓国映画を観るようになって隔世の感があります。

Q: 私は教会の関係者で興味があって伺うのですが、ジファンの妹が兄のことを好きな人に紹介する場面で「教会の先輩」というところがありました。また、1〜2回教会の十字架を画面で見つけることができました。この映画には宗教上のメッセージがこめられているのでしょうか? 監督はキリスト教の信者ですか?
監督: 私はクリスチャンではありませんが宗教はすばらしいものだと思いますし、聖書は本としてみたらすばらしい本だと思います。今回はキリスト教の思想を入れようといった意図はありませんでした。後ろに教会が映っていたのは偶然です(笑)。
司会: 韓国ではどこ撮ったって教会が写りますから。ではこの位でお開きに致します。



<第2回ティーチ・イン イ・ハン監督>

 2003年9月17日 ソラリアシネマ1にて
 司会:佐藤忠男(アジアフォーカス・福岡映画祭ディレクター)
 通訳:根本理恵

Q: 岩井俊二監督の『Love Letter』が韓国でもヒットしたそうですが、監督は御覧になりましたか? 手紙というモチーフや、失われたときを求めて旅をするというところに共通性を感じました。手紙や写真というモチーフはどう発想されたのですか?
監督: 『Love Letter』は私も観ました。私も似ていると思います。私は個人的に文明の発達に拒否感を感じているんですね。最近はすべてが便利になっていると思いますが、私はあまりそういうものが好きでなくて、そういうものは人と人の心の距離とか、人の気持ちを薄くしていくような気がしまして、そういうものを避けて手紙とか写真を使おうと発想しました。

Q: 結末でギョンヒも病気であったことがわかって女性二人のつながりの深さが改めて実感できました。この映画ではジファンという男性との関係よりも、女性二人の関係が核になっていると思いました。それならば、原題の『恋愛小説』というタイトルはふさわしくないのではと思えたのですが?
監督: これは単に小説というよりも愛に関する小さいお話という意味合いの方がどちらかというと近いと思っています。
Q: 「恋愛」という言葉を男女の関係以上に広く捉えていらっしゃるということですか?
監督: 私はそんなふうに思っています。

Q: 小さなことですが、たばこを吸うシーンで「88(パルパル)」が出てきましたが、古いものへのノスタルジーとして使われたのですか?
監督: そうではなくて「88」は今韓国で売られている中で最も安いタバコなんですね。ジファンの家は豊かではなく、お金の節約のため安いたばこを吸っているという設定でした。

司会: 監督はペ・チャンホ監督についておられますね。ぺ監督の影響を受けていらっしゃいますか?
監督: もちろんあります。
司会: 1回目のティーチ・インで韓国は非常に純情な映画が多いと言いましたが、考えてみると韓国で純情な映画を20数年前からはじめられたのはぺ監督ですね。ぺ監督の魅力について語ってください。
監督: ペ・チャンホ監督から受けた影響でまず一番強いのは映画に対する情熱だと思います。ぺ監督は常に映画のことを考えていらっしゃって、本当に心から映画を愛している監督さんです。そして映画的には正確に映画の中で何を伝えたらいいのか、自分が語りたいことを正確に映画の中で伝える方法を私にたくさんアドバイスしてくださいました。
司会: ありがとうございました。それからペ・チャンホ監督は、韓国の中では珍しく、以前、韓国映画というと、女性がいじめられる映画ばっかりだったのに、ぺ監督は女性に対する熱烈で純情な感情を表現しようとされました。そういう流派を、ぺ監督が始めたのかそれ以前からあったのか、そこまではわかりませんが。私はその点でぺ監督が非常に大きな流れを韓国映画の中に作り出したと思います。それをあなたが見事に引き継いでいるので感心しました。
監督: ありがとうございます。私も佐藤先生のお話に同感です。ぺ監督は俗に言うメロドラマ、愛の物語の大きなひとつの流れを作った監督さんだと思います。

Q: ジファンがギョンヒの顔をなぞるというしぐさがありました。『リメンバー・ミー』でも同じようなしぐさがありました。それは別れる時に相手への思いを断ち切るためにする動作ですか?
監督: あのしぐさは私が実際に子供の頃に友達としていたものです。別れてしまえば視覚的には友達の顔を忘れてしまいますが、手で触れたら手の感触で相手の顔をずっと覚えていられるということで、子供の頃の純粋な気持ちを持っていた頃の遊びだったのです。そういうことがあって映画の中に取り入れました。
Q: もうひとつ質問です。この映画では手紙が大きな役割を果たしているのですが、手紙をモチーフとして使うということは今後も続けられるんでしょうか?
監督: 私に限って申し上げれば、私がこれからどういう映画を作っていくかわからないですが、あまり似たような映画は作りたくないと思っています。ただ私自身がアナログ人間でどちらかというと復古調の人間ですので、アナログの形に近い作品を私は作っていきたいと思います。

司会: この物語はどんなところから考えられましたか?
監督: 韓国には非常に有名な短編小説で『夕立ち(ソナギ)』という小説があるのですが、この小説は私が子供の頃に読みました。そしてしばらく読んでなかったのですが、大人になってもずっとその小説のことが頭から離れなくて、おぼろげながらではありますが、初恋の思い出をずっと大事にしているような、そんな気持ちがしていました。ですから私も最初に作る私の映画は、『夕立ち(ソナギ)』のような作品にしたいと思いました。そんな強い印象の映画でなくても、見終わった後、何年か経ってもふと時々思い出してくれる、そんな映画を作りたいと思って発想しました。ずっと前からあの三人を頭においてシナリオを書いていた訳ではなくて、シナリオを全部書き終わって、映画の製作が決まって、俳優さんを誰にしようかと思ったときに、私の中でこの三人にお願いしたいなと思って選びました。

Q: ジファンは何の勉強をしていたのでしょうか?
監督: ジファンは大学で英文学を専攻しているという設定なんですね。もちろんカメラをやっていたのですけど、勉強というより、昔、父から習って個人的にカメラの勉強をしているという感じです。そして五年の時間が経った今では「あまりカメラに触っていない」という台詞があったと思うのですが、それはもう生活が非常にきつくなって、あれこれやらなければいけないことがたくさんあったので、なかなかカメラにも触れないでいるという設定だったのです。それは裏を返せば、五年前に持っていた気持ちをあまりにも生活に追われて感じられなくなっているという意味にもつながります。
Q: もう一点は、一番最後にジファンの妹が、軍隊にいっている彼に書いている手紙の中に「恋愛小説」ということばが出てきましたが、そこでこの言葉を使ったのはどうしてですか?
監督: 「恋愛小説」というのは、思春期に一番興味を持って読むものだと思うのですね。それで妹が思春期だったということもありますし、韓国語の原題が「恋愛小説」ということで、自然に入っていたということもあります。



<ティーチ・インに参加して>

 「私は一本の映画を撮るときに真心を込めて一番いい映像を撮りたいと思いまして」、「韓国にある道をほとんど回りながらあちこちで撮影しました」とか、名前を交換するというアイデアは「散々悩んで頭をひねって考え出しました」とか、出演交渉では「どうしても出演してほしいと追い掛け回してお願いしました」とか、もう本当に映画が好きで骨惜しみをせず無我夢中でがんばっていらっしゃるというのがひしひしと伝わってきました。


イ・ハン監督

 飾り気のない方で、ふと一言で返事をされることもありますが、御自分の苦労なさったところなどいったん話し始めると熱がこもっていきます。手で顔をなぞる話や『夕立ち(ソナギ)』の話を伺っていると、子供の頃の気持ちを大切に保たれている暖かい御人柄も感じられました。



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