Review 『小さな恋のステップ』『野獣と美女』 『ラブ・トーク』『僕の彼女を紹介します』
Text by カツヲうどん
2006/1/29
『小さな恋のステップ』 ★★★★
この作品も、チャン・ジン監督の前作『ガン&トークス』同様、演劇的なエッセンスに満ちた、ジャンル不明の怪作といっていいだろう。登場するキャラクターにしても、手持ち多用のカメラワークにしても、文学的なセリフにしても、すべてが個性的だ。だから、つまらない人には本当に退屈だろうし、現代演劇のシュールで独特な人間像が好きな人には、何度でも観たくなってしまうような映画である。
物語は、一応ラブ・ストーリーの形式をとってはいるものの、あくまでもそれは「そぶり」にしか過ぎない。チョン・ジェヨン演じる、トン・チソンはプロ野球選手だが、野球よりも他の事ばかり考えているし、イ・ナヨン演じるハン・イヨンも、懸賞当選率100%という不気味なキャラクターだ。そんな二人のもやもやして不条理な内面を延々と綴っているのだから、簡単に「コメディ」だとか「ラブ・ストーリー」だとか、とても言い切れない物語なのである。
前作『ガン&トークス』でも、主役の殺し屋たちばかりでなく、彼らを追う検事も、独断の世界で生きていたように、『小さな恋のステップ』におけるチソンとイヨンも、彼らを取り巻く人々も、独断的でズレた、おかしな人間ばかりだ。これらの人間像には、個人における主観と客観というものが、実にファジーであるというチャン・ジンの皮肉かつ冷徹な視点が感じられ、オムニバス映画『ムッチマ・ファミリー』にも共通する要素だろう。
邦題は『小さな恋のステップ』に変わってしまったが、『知り合いの女』という原題も、今までのチャン・ジン作品同様、個性的だ。映画を観ていただければ分かると思うが、チソンにとってのイヨンは「単なる知り合いの女」でしかないが、イヨンにとっての自分は「チソンをよく知っている女」なのである。この主観と客観のズレた相対関係を、「アヌン ヨジャ」というタイトルは、第三者的に象徴しているのだ。
俳優の使い方も、他の韓国映画とは、かなりズレている。主人公チソン演じたチョン・ジェヨンは、「カッコいい男」からすっかり遠ざかってしまったが、舞台で鍛えた演技力は、今回もいかんなく発揮されている。ただ、ちょっと奇をてらい過ぎているので、たまには毒のないカッコいい役柄をやって欲しい。怪奇なヒロイン、イヨン演じたイ・ナヨンは、どうもこういったヘンテコな役柄が、向いているようだ。
この『小さな恋のステップ』は、全編レトリックに満ちた、一言ではなんとも表現しがたい奇妙な作品だが、洗練された=ウェル・メイドという形容が相応しい。韓国映画に偏見を持つ人には、特にお勧めしたい作品である。
『野獣と美女』 ★★★
この作品、ありがちなラブ・コメディ。しかも、ふるーいラブ・コメディを連想させますが、非常に凝った映像作りと、一筋縄ではいかない展開に、新人監督イ・ゲビョクの才能を強く感じました。
宇宙怪獣専門の声優ドンゴン(リュ・スンボム)は、一目ぼれした盲目の美女ヘジュ(シン・ミナ)に、自分は、高校同窓のイケメン、タク・チュナ(キム・ガンウ)の容貌だと説明します。しかし、彼女が手術で目が見えるようになったから、さあ大変。加えて、検事になっていたタク・チュナも偶然ヘジュと出会い彼女に一目惚れしてしまい一騒動が巻き起こります。これだけだと、「別にいまさら」なんですが、三人の恋模様乱戦ぶりは緻密に計算されていて、それぞれの俳優たちの好演も加わり、ウェルメイドなラブ・コメディの秀作に仕上がりました。
冒頭から、とにかく凝りに凝った編集と画面作りの連続、あまりにも複雑なので、最初はよくわかりませんが、イ・ゲビョク監督は泥沼に陥る事なく、ちゃんと収拾してみせます。リュ・スンボムは相変わらずウマイのですが、今まで通りのキャラクター演技が年齢的に苦しくなって来ているところもあって、そろそろ壁にぶつかったのかな、とも感じました。私が思うに『クライング・フィスト』で見せた、気難しく孤高な面が、本当の持ち味なのではないでしょうか。
ヒロイン演じたシン・ミナは、まさに新境地。天然ボケと気の強さの混ざりあったヘジュのキャラクターは絶品で、本作は彼女の代表作といっても過言ではありません。ジュナ役キム・ガンウの二枚目半ぶりも巧妙です。演出の勝利といえるのかもしれませんが、劇中「かっこいい、かっこいい」と強調しているキャラが、観客から観ると微妙に間抜けなところがこの映画を抜群に面白くしていて、キム・ガンウが準主役に徹しているところも、好印象が持てました。
ぜひとも劇場で、楽しんでほしい映画です。
『ラブ・トーク』 ★★
韓国では、海外留学組に映画界への門戸が開かれているためか、どうも留学当時の想い出をテーマに描くことが多いように思えるのですが、それはなぜなのでしょうか?
海外で暮らしてみると、自分の国家属性というものを痛感させられますし、孤独というものを自国にいる時より一層痛感させられます。かつて、ポーランドに住んでいたムン・スンウク監督も、相互コミュニケーションの疎外、というテーマに強い思いを抱いていて、それがカン・ヘジョンの映画デビュー作『バタフライ』で描こうとしたテーマの一つだったようですが、異国における孤独感というものは、韓国人クリエイターにとって、創作意欲の原動となる強いトラウマなのでしょう。本作のイ・ユンギ監督にとっても、この『ラブ・トーク』は心の傷を昇華させた作品だったのかもしれません。
この映画はロサンジェルスにある韓国人コミュニティを舞台にしています。他のアメリカ人からすれば「いちオリエンタル」のコミュニティにしか過ぎないものですが、中で過ごす当人たちからすれば、「韓国系」であり「日系」であって、相容れない不可侵領域が存在します。恐らく三十代後半と思われるヒロインのソニは、ロスで風俗マッサージ店を経営していますが、そこがまさに「オリエンタル・コミュニティ」の象徴、韓国系も日系も、その他も、皆仲良く仕事をしています。しかし、家に帰ればプライベートは同胞だけの世界。この映画の根底には、アメリカでは「オリエンタル」でくくられてしまう共同体も、実は別々の民族コミュニティが複雑に絡み合って成立していて、決して融合しているわけではない。「十把一絡げ」に扱って欲しくない、という主張もあったのではないでしょうか。
この作品の特徴は、韓国からアメリカへの大量移民時代から約三十年たった現在において、韓国人がアメリカで暮らすことの意味を再び問いていることでしょう。二十年前の韓国映画『ディープ・ブルー・ナイト』は、夢の国、アメリカへの移民に対して疑問を投げかけた不朽の名作ですが、「韓国を脱出しなければ生きてゆけない」という悲壮な切実さは『ラブ・トーク』にはありません。登場人物たちは皆それなりに裕福であり、今の韓国では十分普通以上に生きて行ける人たちばかりです。彼らがアメリカで暮らす事情はいろいろあるでしょうが、共通していることは「経済的、政治的に韓国で暮らしてゆけないからアメリカに来た」のではなくて「現実逃避ゆえ韓国からアメリカに来た」ということでしょう。
ソニ役のペ・ジョンオクは『嫉妬は我が力』が、ヨンシン役のパク・チニは『恋愛術士 〜Love in Magic〜』が、それぞれ記憶に新しい女優たちですが、彼女たちを観ていると、自立した韓国人女性のリアルなイコン、といったものが浮かび上がってくるようです。パク・ヒスン演じたジソクは、始終ボーッとしたキャラなので、感情移入が難しいかも知れませんが、実はイ・ユンギ監督自身の代弁者だったのではないでしょうか。いつも、忸怩(じくじ)たる第三者にしかなれないジソクの姿は、私にとって、色々思い当たること大で、他人とは思えませんでした。また、ソニの前夫をイ・ユンギ監督の前作『チャーミング・ガール』から引き続き登板のキム・ジュンギが演じています。彼とジソクの乱闘シーンは、それはそれは情けなくて、みじめさいっぱい、男性の普遍的な哀しさがとても良く出ています。イ・ユンギ監督は女性を描くことに関心があるようですが、『友へ/チング』のような野郎臭いっぱいの作品を撮らせたら、実は本領を発揮しそうにも思いました。
『僕の彼女を紹介します』 ★★★
韓国映画が国際的に売れるものになってから久しいが、「海外マーケットの要求に本格的に応えて作られた」と言えそうなのが、この『僕の彼女を紹介します』だろう。原題の発音「ネ ヨジャチングルル ソゲハムニダ」を縮めた「ヨチンソ(日本ならさしずめ「僕カノ」といった感じ)」という短縮省略形が広く一般に認知されているのも、ちょっと目新しい。
チョン・ジヒョンや『猟奇的な彼女』のファンにとっては、まさに待ち望んだエッセンスが詰まったような、楽しい作品に仕上がっており、また、クァク・ジェヨン監督のスタイルが好きな人にも、たまらない内容になっている。
しかし、残念な事に、こういったお遊び感覚は、韓国では受け容れ難かったようだ。チョン・ジヒョン出演のテレビCM引用の連続は、うんざりするし、『猟奇的な彼女』をあまりにも引きずった内容は、生真面目な韓国のファンからすれば、幼稚で安っぽく映るのだろう。だから、この「ヨチンソ」が試写で不評をはくし、大幅に再編集せざるをえなかった事、韓国内での興行成績が伸び悩んだ事は、何ら不思議ではない。
だが、だからといって、この作品が完全にダメな映画かというと、決してそんな事はないのだ。私はむしろ『猟奇的な彼女』より感動的で面白かったくらいである。
この「ヨチンソ」を楽しむためには、観客はちょっとした準備が必要だ。まず、この映画を観る前に『猟奇的な彼女』と『ラブストーリー』を、おさらいしておいて欲しいし、出来ればチョン・ジヒョンのCMも観ておいてほしい。なぜなら、この「ヨチンソ」は、主演女優と監督の大いなるセルフ・パロディであり、彼らだけの映像的仕掛けに満ち溢れた作品だからである。そして、そのお約束が受け入れられる人にだけ、最後に全てがシンクロし、大変な感動が訪れる構造になっているのだ。また、クァク・ジェヨン監督は、後半とラストに、あっと驚く展開を用意しているから、この映画が楽しみな人は、絶対、事前に情報を集めてはいけない。あとは、冗談と遊びを理解し、楽しむ気持ちを持てるか持てないか、である。
ケチをつけるよりも、クァク・ジェヨン監督の愉快な悪戯の共犯者になるつもりで、楽しんでほしい作品だ。
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