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ディープ・ブルー・ナイト


題名
英題
原題
ハングル
ディープ・ブルー・ナイト
Deep Blue Night
深く青き夜
깊고 푸른 밤
製作年 1984
時間 93
117(日本発売ビデオ)
製作 東亜輸出公司
監督 ペ・チャンホ
出演 アン・ソンギ
チャン・ミヒ
ジン・ユヨン
チェ・ミニ
日本版
Video
DVD
字幕版Video

 アメリカの永住権を得るために偽装結婚する在米韓国人を主題にしており、オールアメリカロケの国際色豊かな作品。韓国でも1985年の最高興行成績(50万人)をあげるなど大ヒットした(「興行成績」)。

 監督は私(ソチョン)が最も好きな監督の一人であるペ・チャンホ。「愛」を主題としている彼にしては、なんともやるせない結末の作品だが、随所に彼らしい心憎い演出技術が冴える。主役のアン・ソンギとチャン・ミヒの演技も印象的。二人とも一つの作品の中でペクとジェーンの色々な顔を演じ分けている。チャン・ミヒ出演作はいくつか日本で公開されているが、やはりこの映画のチャン・ミヒがピカ一というのが私の印象。

 チェ・イノ(崔仁浩)の小説『深く青い夜』を映画化。原作小説は、三枝壽勝 他訳『現代韓国短篇選 下』(岩波書店、2002年)に邦訳が収録されている。

 第24回(1985)大鐘賞優秀作品賞・男優主演賞(アン・ソンギ)・監督賞(ペ・チャンホ)・脚本賞(チェ・イノ)・撮影賞(チョン・グァンソク)・照明賞(キム・ガンイル,キム・ドンホ)、第5回(1985)映画評論家協会賞最優秀作品賞・撮影賞、第21回(1985)百想芸術大賞大賞・作品賞・監督賞(ペ・チャンホ)・演技賞(アン・ソンギ)・シナリオ賞(チェ・イノ)、第30回(1985)アジア太平洋映画祭作品賞・脚本賞受賞作品。

初版:1998/4/28


【ソチョンのノンストップ・ネタバレ解説】

 冒頭のシーン。白いオープンカーに黒いグラサンをかけたペク・ホビン(アン・ソンギ)が乗っている。むむ。わ若い。ここ2・3年のアン・ソンギを観ていると、「きゃーアン・ソンギさまーっ!」という表現に違和感を感じるが、84年のアン・ソンギは32歳。当たり前だが若い。スラッとやせてて筋肉質で精悍で、それよりも何よりもかっちょいーぞ。今様のいい男じゃないけど、やはり美男子といわずばなるまい。女性ファンの黄色い声がここまで聞こえてきそうだ。

 プップーとクラクションを鳴らすと、草むらからチェ・ミニ(役名わからず)が出てきて、ペクとドライブ。そして、何をやるのかと思ったら、いきなり砂漠のど真ん中で男女の秘め事。そして、やることやったら大金が入ったチェ・ミニのバッグを強奪して殴る蹴るの雨あられ。ひひひどい。ひどすぎる。唐突なセックスと女性虐待。これでチェ・ミニが自殺でもすれば韓国メロ映画の三種の神器がそろってしまう。ひー。ペ・チャンホよ。お前もか。本編と一体どんな関係があるというの? 最悪のオープニング。期待は一気にしぼむ。

 その後、アン・ソンギはチェ・ミニをデス・バレイ(死の峡谷)に一人残して車で L.A. へ。ここで、タイトル。

 場面変わって、バーで働くジェイン(チャン・ミヒ)の元に仲介屋がペクとの偽装結婚話を持ってくる。最初は、嫌がっていたジェインだが、相手が同胞の韓国人と分かって承諾。そして、二人だけ(+仲介屋)で教会の結婚。ジェインは6回目の結婚。ペクは韓国に妊娠したフィアンセがいるが、一応初婚だ。ペクには可能な限り早くグリーン・カードを手に入れて、フィアンセを米国に呼び寄せるという目的がある。永住権を手にするには、韓国系アメリカ人のジェインと結婚するのがもっとも手っ取り早いのだ。

 ホテルでの新婚初夜。ペクはジェインを抱こうとするが、ベッドに押し倒したところで、ジェインに「契約違反よ」とピストルの銃口を突き付けられてすごすご退散。本の紹介記事でよく使われるシーンだ。このシーンのチャン・ミヒの眼の恐い事恐い事。アン・ソンギはヘビににらまれたカエル状態。おーこわ。チャン・ミヒはうわさに聞くほど魅力的ではないなー。どこか影のある雰囲気。それに眼光が鋭すぎるって。ペクがグリーンカードを入手するまでの前半部で、チャン・ミヒがサングラスをかけているシーンがいくつかあるが、その時だけだ。チャン・ミヒが美しいと思えるのは。

 移民局の手入れで職を失ったペクは、宿のおばちゃんに「手紙はここで保管しておいてくれ」と言い残して宿を引き払い、ジェインの家に月500ドルで居候する。ペクの元には国のフィアンセから声を吹き込んだカセットテープが送られてくる。フィアンセがいる事はジェインには秘密にする必要があるのだ。

 ジェインの口利きで、とあるスーパー・マーケットの店員として働く事になったペク。その店にはやはり年内には結婚を約束した女性を呼び寄せたいと思っている男がいる。同じ境遇ゆえかそれとも同じ韓国人の気安さからか、二人は意気投合する。ある朝、朝食を一緒にとっていた同僚が、人探しをしている記事を見つける。その探し人はペクその人だった。「お前の首に大金でもかかっているのか?」冗談を言う同僚。(実は、冒頭のシーンで大金を強奪された女が新聞欄でペクを探しているのだが、そうとは分かりにくい。このシーンをもう少しわかりやすく描いてくれれば、冒頭のシーンは一体何だったんだろう?という思いが早く晴れたのに。ちょい残念。)

 ある日、家に帰るとジェインの最初の夫が娘を連れて居間に座っている。急遽、熱々の新婚夫妻ぶりを演じるジェインとペク。ジェインの最初の夫は韓国に駐留していた米国兵。ジェインは彼と結婚して渡米。一人娘を生むが、夫との関係がうまくいかずに離婚。娘は夫が引き取るが、年に何日かはジェインに預ける約束になっている。娘がジェインの家にいる間、ペクは彼女に対しまるで自分の娘のような愛情を降り注ぐ。そして、そんなペクに対し、ジェインは徐々に心を開き始める。

 娘が家に来てから数日後、司令部からの緊急呼び出しがかかり、ジェインの元夫は娘を連れて帰ってしまう。狂わんばかりの悲しみにくれるジェイン。ペクからの慰めの言葉はない。あるのは... この日、二人は初めて結ばれる。二人の裸体が窓ガラスに映り、L.A. の夜景と重なる。美しい。この映画でもっとも美しいシーンだ。映像に釘付けになる。

 一転、愛に満ちた日々を送るジェインとペク。ペクは、マーケットでもオーナーの信を得てレジ係に昇格。万事順調だ。あとは、グリーン・カードを手に入れるだけ。そんなある日、突然移民局の調査官が、ジェインの家にやってくる。二人は別々の部屋に隔離され個々に取り調べられる。経験豊富なジェインは調査官の厳しい追及にも慣れたものでうまくかわすが、ペクはもうしどろもどろ。「妻の年齢は?」「29です。」「こちらの記録では、28だが。」「あ、いやそのそれは韓国では年齢は数えで表現してまして...」(←いうと思った) なんとかうまく答えようとするが決定的な質問がペクを襲う。「妻の名前は?」「ジェインです。」「通称じゃなく、本名だよ!」脂汗をにじませるペク。なんたることか、もっとも基本的な質問に答えられないなんて。これだけは「知らない」では済まない。どうする。ペク。絶体絶命。

 その時、常日頃練習していた台詞が口をついて出る。「アメリカは世界一偉大な国。アメリカは自由の国。だれにでもチャンスがある。だからここに住みたいんだっ!」そして、米国国歌を熱烈に歌うペク。その気迫に圧倒される取り調べ官。歌い終わると同時に拍手をして近寄るジェイン。やった!というアン・ソンギのすがすがしい笑顔。チャン・ミヒのいとおしい人を見る優しく愛らしい顔そして眼。以前の鋭い目はどこにいった? これが同じ人間の眼なのか? これが演技力というものなのか? 恐るべしチャン・ミヒ。もうサングラスはいらない(事実、これ以降グラサンをかけているシーンはない)。このシーン、この映画でもっとも感動的な場面。やはりこういうシーンは映画館の大スクリーンで観たい。ビデオ鑑賞なのが悔やまれる。残念。

 数日後、ペクは念願のグリーン・カードを入手する。登録名は、グレゴリー・ペク(笑)。ペ・チャンホの映画にはこういう遊びがちりばめられている。それを見つけるたびに「あぁ、この監督本当に映画が好きなんだなー。」と思う。もちろん映画が嫌いな監督なんていないだろうが... この手の遊びを見つけたり、「いつ出るかな。いつ出るかな。」と期待して待つのがペ・チャンホ作品を観る際の楽しみの一つだ。

 グリーン・カードを手にしたペクは、公衆電話に猛然とダッシュ! 韓国にいるフィアンセに報告。二人はこれからの夢を語り合う。幸福の絶頂。そんなペクを中心にカメラはぐるぐると回りながら映す。まわるーまわるー世界はペクを中心にまわるー。ついでに私も目がまわるー。おえっ。気がついたら車酔いでもしたかのように気持ち悪くなってしまった。カメラの回し過ぎに注意!>監督

ここで幸せ一杯の前半部終了。後は崩れ落ちるだけだーっ!

 グリーン・カードを手にしたペクは、もう用は済んだとばかりにジェインの家を出て、さっさと離婚しようとする(それが当初の契約だ)。しかし、彼の荷物の中からフィアンセのテープを見つけ、彼に結婚相手がいることを知ったジェイン、そして本気でペクを愛してしまったジェインはあの手この手で彼を引きとめようと画策する。しかし、その手には乗らないペク。ジェインはついに彼の子を身ごもっており産むつもりだと、うそをつく。それを聞いて堕胎薬をジェインの食事に忍ばせるペク。「あなたを愛している。離婚はしない。」と口走るジェインにペクはいう。「おれは、フィアンセを呼び寄せるためだったら何でもするからな!」眼が血走っているペク。最悪の展開だ。

 ペクの働くマーケット。同僚は結婚するために必要なお金をオーナーから借りようとするが、あっさり断られる。その時、ふと彼の脳裏に尋ね人の新聞記事が浮かぶ。レジ係をペクに取られて減給されていた彼は、ペクを売って金を得る決意をする。

 同僚のタレコミでペクの居場所を知ったチェ・ミニは、ジェインの家に乗り込み、ペクの悪行を洗いざらいぶちまける。彼は、L.A. に来る前、チェ・ミニの店で働いていたのだが、やがてチェ・ミニと良い仲になり、彼女と連れ立って L.A. へ。そして、冒頭のシーンへと続く。彼女は夫と別れ、ペクに2万ドルを持ち逃げされ踏んだり蹴ったり。しかし、ジェインのペクに対する愛は衰える事がない。

 店でチェ・ミニに見つかったペクは、その場を逃げ出し、ジェインの家にやってくる。「フィアンセもおなかの子も死んだんだ。もう、俺にはお前しかいない。サンフランシスコへ行って二人でやり直そう。」とうそを言うペク。チェ・ミニの話を聞き、ペク宛てのフィアンセのテープを聞いていたジェインはうそと分かっていてもペクと行動を共にする決意をする。

 働いていたバーに別れを告げに来たジェイン。そこにはチェ・ミニが待っていた。彼女に盗まれた2万ドルを渡し、二人でシスコに行く事を告げるジェイン。チェ・ミニは、そんなジェインの姿に昔の自分を重ねあわせて、重ねてペクの行動に注意するよう忠告する。しかし、警察に通報はしないチェ・ミニ。彼女もまたペクとの楽しい日々を忘れられないのだ。この辺りの女性の心理はよぅ分からん。ジェインも殺されるだろう事がほとんど分かってるのにペクに付いていくし...

 最後。ペクとジェインは真っ赤な車に乗ってサンフランシスコに向かう。しかし、見せたいものがあるとデス・バレーにハンドルを切るペク。どきどきするようなBGMが観客の心臓を直撃する。どどど、どうなるの?これから。

 人気のない砂漠で車を止めるペク。彼はジェインを責め、殴る蹴るの暴行を加える。チェ・ミニに垂れ込んだのはジェインだと勘違いしての行動だ。蹴られながらジェインは言う。「おなかの子はうそなの。」 途端に喜色満面になるペク。「よし、じゃあこれから離婚だ!」 しかし、次の瞬間ペクは奈落のそこに突き落とされる。ジェインが自動車のカセットに入れたテープから、フィアンセの声が流れる。「もうあなたを待てません。子供は堕ろしました。別の人と結婚します。」 絶望に打ちひしがれるペク。そんな彼に「二人で、シスコに行ってやり直しましょう」と声をかけるジェイン。しかし、ペクは悪魔のような形相でゲラゲラ笑い始め、車を猛スピードで走らせる。砂漠の中を激走する真っ赤な車。固定されたカメラは、弧を描きながら去っていく車を映す。そして砂漠に響く乾いたピストルの音。鳴り続けるクラクションの音...


【講評】

 後半部は駆け足で書いたので、うまく説明できなかったが、畳み掛けるような話の展開の妙は後半にある。前半部に一見無意味に思えるシーンがいくつかあるが、それらは全て後半部でなぞ解きされる。無意味なシーンはただの1カットもない。若干粗削りなところもあるが、この構成は見事といってよかろう。それにしても後半は乾いた(荒んだ)展開だ。冒頭とラストのシーンを砂漠で撮っているのがそれを表しているのか。

 アン・ソンギ扮するペクはいくつもの顔を持つ。一途にフィアンセの事を想うよき恋人。自由の国アメリカ、チャンスの国アメリカにあこがれて来た一旗組み。子供も含めて周りの女性を虜にしてしまう魅力を秘めた男。根(仕事ぶり)は真面目だが、うまく行かない事があると途端に投げ出してしまう堪え性のない性格。そして、数々の女性を食いつぶしていく悪魔のような男。その割には、最愛の人にあっさり捨てられる悲喜劇的役回り。どれが本当の彼の姿なのだろうか? 観るものの見方・立場によって、彼は悪人にもなり善人にもなり、加害者にもなり被害者にもなる。かくも複雑な人間という生き物をスペクタクルな展開で描いている点、評価したい。

 最後に...

 移民局の調査官に取り調べられるシーンでのペクの台詞。「アメリカは世界一偉大な国。アメリカは自由の国。だれにでもチャンスがある。だからここに住みたいんだっ!」とは、まさしく当時アメリカへ渡っていった韓国人の心境を表した言葉であろう。韓国語でアメリカは「ミグク」、漢字で書けば「美国」。美しき自由の国へ渡っていった在米韓国人達。しかし、その夢は必ずしも成就された訳ではない。そんな一面も描いている。

 この作品を観て、ロス暴動を背景にした映画『ウェスタン・アベニュー』(93年作)が観たくなった。こちらは、カン・スヨンが主演の日本未公開作。



投稿者:SUMさん 投稿日:1999年1月7日(木)20時15分55秒

【評価:★★★】


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