HOME団体概要support シネマコリア!メルマガ登録サイトマッププライバシー・ポリシーお問合せ



サイト内検索 >> powered by Google

■日本で観る
-上映&放映情報
-日本公開作リスト
-DVDリリース予定
-日本発売DVDリスト
■韓国で観る
-上映情報
-週末興行成績
-韓国で映画鑑賞
■その他
-リンク集
-レビュー&リポート
■データベース
-映画の紹介
-監督などの紹介
-俳優の紹介
-興行成績
-大鐘賞
-青龍賞
-その他の映画賞


『友へ/チング』が韓国人の情緒に熱く訴えたもの

Text by 尹春江
2002/4/28受領


Profile 尹春江(ユン チュンガン)

 シナリオ翻訳家。新潟県生まれの在日三世。和光大学人文学部卒。大学在学中に韓国へ留学。駐日韓国企業のOLを経てフリーランスに。NHKで放送された『灼熱の屋上』『接続』『太白山脈』『祝祭』など韓国映画の字幕翻訳多数。日本公開される作品のプロモーションで来日する俳優の通訳などもつとめている。



● 「チング」という言葉の意味

 「親旧(チング)」という単語を辞書で調べるとたいがい「友人・友だち・親友」とある。しかし、韓国語のその響きには、日本語訳より何倍も深く濃く、親しみのある雰囲気がニュアンスとして存在する。

 韓国語を生業としている私だが、「チング」という言葉は使い分けや訳において、たいそう難しい言葉のひとつだ。というよりなかなかその微妙なニュアンスがうまく伝えられず歯がゆい。例えば通訳や翻訳上「チング」が出てきた場合、「友人だそうです」というのはいかにも素っ気なく、「仲のいい友だち」というのも一般的過ぎる。「親友」というと優等生的かつキレイすぎるような気がしてならない。韓国語の「チング」にはもっと深くて濃い「人間関係」が潜んでいるのだ。

 映画『友へ/チング』は、私がいわんとする「チング」の意味をまさしく100%代弁してくれた映画だ。この作品は、四人の悪ガキが幼い頃から一緒に成長し、友情を育み「チング」となる過程を、ノスタルジー溢れる映像と音楽、テンポのいいセリフ、そして主役のユ・オソンチャン・ドンゴンをはじめとする役者陣の素晴らしい演技により描き、韓国では『シュリ』『JSA』の観客動員数を上回った「化け物」みたいな映画なのだ。なぜこれほど多くの観客を動員できたかについてはすでにあちこちで分析されているので、ここでは省かせてもらう。注目すべき点は韓国内で「最も映画を見ない」とされている30代、40代の特に男性がこの映画を見に映画館に足を運んだという事実。この層をどれだけ「観客」として動員できるかが、映画のヒットに大きくかかわってくるからだ。それにしても昨今の韓国映画は巷でいわれる「アジョッシ(おじさん)」や「アジュンマ(おばさん)」が心置きなく見れる作品が少ない。大人がゆったりくつろいで鑑賞できる雰囲気も韓国の映画館にはない。そろそろ質のいい映画を「単館上映」するシステムが定着してもよさそうなものだが・・・

 話を元に戻そう。成人韓国人の四人に一人が見たという『友へ/チング』が韓国人の情緒に熱く訴えたものとは?

 映画の冒頭シーン、一定以上の年齢の韓国人なら誰にも見覚えのある懐かしい場面が次々に登場する。白い煙をもくもくと撒きながら走る消毒車、それを追いかけて走る子供たち。街中のポスター、昔懐かしい駄菓子屋、おもちゃ屋、ヌード写真やHビデオをめぐるチグハグなやり取りなど・・・ これらの場面で観客は一気に映画の中へ吸い込まれていく。年配者の郷愁を誘い、若者を古きよき時代へとタイムスリップさせる。


画像提供:シネカノン

● 職業に優劣・上下・貴賎あり?!

 『友へ/チング』は男の友情をテーマに描いた映画であると同時に、実は「肉親の情愛」が常に見え隠れする映画でもある。

 映画の中で高校生に成長したジュンソクとドンスが教師にこっぴどく殴られるシーンがある。当時の韓国では決して珍しくない光景だが、その教師が父親の職業をいわせるあたりはさすが韓国だなぁと思う。そう、韓国では今でも職業で人を差別する傾向が根強く残っているのだ。その中でも特に人の死にかかわる職業を忌み嫌う。例えば死体を清める葬儀屋、土葬を手伝う男衆、「泣き女」(今はほとんど見られなくなったが、葬式や土葬の際に「アイゴー」と大袈裟に泣いて場を一層悲しいものにする女性)など。葬式を行なうにあたってなくてはならない存在だがその場限りの付き合い、支払うものを支払ってしまえばそれ以上はかかわらない。そして本心では彼らを「賎民」扱いする。ドンスは誰よりもそれを肌で感じていたに違いない。彼がヤクザの世界に足を踏み入れることになった大きな理由のひとつはこれだろう。しかし「葬儀屋」と蔑まれながらも父親の息子に対する愛情は深い。ドンスの出所場面、ドンスからの金の受取を拒否する場面、ジュンソクとの面会場面、短い描写・登場でありながらひしひしとその情愛が伝わる。血族関係が尊ばれる韓国において「親子の関係」は最たるものだ。その上、母親が登場しないという設定は「男手ひとつ」で息子を育てた「立派な父親」として韓国人のハートに訴える。

● 韓国人にとって「親の死」は特別な意味を持つ

 そして、そんなドンスに心から感謝するジュンソク。かわいそうな「母」が亡くなったときも、そして憎き「父」が亡くなったときにも葬式を仕切ってくれたのは葬儀屋の父と息子だった。既に対立しつつあった二人ではあるが、心のどこかにいつも感謝の気持ちを持ち続けるジュンソク。親の死を体験した人であれば誰でも思うだろう。葬式で特によくしてくれた人には一生恩を感じ、そして心から感謝してやまない。

補注1:韓国人の葬式に関しては『学生府君神位』『祝祭』を参考にしていただきたい。わかりやすいだけでなく、韓国人の「情緒」を堪能できる。

 白い喪服を纏ったジュンソク、喪章をつけたドンス。「ありがとう」と礼をいうジュンソクに「親父にも伝えとくよ」。そういって片手を軽く挙げ応えるドンス。私が一番好きなシーン。ドンスの父親に対する情愛がちらりと垣間見えてほっとする。チングの前で見せる父親に対する正直な気持ち。

 そして映画のクライマックス、ジュンソクがドンスを訪ねるシーン。ジュンソクが提案するハワイ行きを断るドンス。ジュンソクを殺そうと思えば殺せたはずだ。現に部下たちは包丁を握り待ち構えている。しかしそこでドンスがひとこと。

「(今日は)親父さんの命日だとさ」

 手にした包丁をさっとしまい、道をあける子分たち。そう、これが韓国式だ。親の命日にあたる日は、全てのことが許される日=特別な日なのだ。「父の法事で仕事を休む」というその申し出に誰ひとり嫌な顔はせず(できない)、かえって慰労されるのが韓国社会の習わしだ。そして法事が盛大に執り行なわれるほど、「孝行息子」として世間の人は尊敬の念を抱く。また社会全体が、父や母を亡くし喪に服している間、白いリボンをさりげなくつけている人への慰めといたわりを忘れない。

補注2:『カル』『マヨネーズ』にも主人公が白いリボンをつけているシーンがある。

 日本人には理解しがたいかも知れないが、こんな何気ない描写が韓国人にとってはたまらなくジーンとくるのだ。これこそが韓国人の道義であり人情。年配の人たちは「もっとも」と頷き、若い世代にはドンスの男気が「カッコよく」映るのだろう。


画像提供:シネカノン

● 再び「チング」

 そしてラスト。

 サンテクが面会用紙の「関係」の欄に「チング」と書き込むあたりから胸が疼(うず)く。サンテクとジュンソクのガラス越しの会話は、その内容もさることながら、「釜山(プサン)訛り」によって一層心に響き、かつ受け入れやすいものとなっている。これが仮に標準語のソウル・マル(ソウル言葉)であったならば、あれほど人々の胸を締め付けただろうか。無茶苦茶しびれるシーン。お互いの再会を心から喜び、親の安否を尋ね、昔、嫁にもらうと約束した妹の結婚を喜びあい、そして・・・ 男泣きに泣ける。「チング」という韓国語の範疇には、幼い頃から友情を育んだその相手の家族までが含まれる。

 韓国での観客動員数820万人。聞くところによればリピーターが多かったとの話。私の周囲にも七回見たという人を筆頭に、五回、四回とリピーターが多い。韓国はめざましい発展を遂げ躍進し続けているが、急激な発展による社会の歪みは否めない。「過去」を振り向きたがらない韓国人にとって、この映画は失ってしまった「何か」を「一瞬」取り戻してくれたに違いない。だからこそ観客は四人の悪ガキにまた会いたくて何度も劇場に足を運んだのだろう。

 ところで、韓国人のはしくれを自認する私にとってこの映画は、自分の中にある「韓国人度」をはかるバロメーターでもありました。その結果は・・・ 私の体にも濃くて熱い血が流れていることを否応なしに再認識させられました。ちなみに私は三回見ています。あなたはこれから何回見るのでしょう?


Copyright © 1998- Cinema Korea, All rights reserved.