売春婦と、彼女を売春婦におとしめたチンピラ。怒りと憎しみで始まった二人の関係が、やがて運命的な愛へと昇華していく様を感動的に描く、究極の一目惚れ純愛映画。『魚と寝る女』、『受取人不明』のキム・ギドク監督第七作。
売春街に寄生するチンピラ、ハンギ(チョ・ジェヒョン)は、ベンチに座ってボーイフレンドを待っていた女子大生ソヌァ(ソ・ウォン)に目を奪われ、無理やりキスをする。そして自分を虫けらのように忌み嫌い避ける彼女に怒りを爆発させたハンギは、ソヌァの弱みを握って彼女を売春婦に転落させる。毎晩のようにマジック・ミラー越しに恥辱にまみれたソヌァの姿を見守るハンギ。一方、ハンギの部下ミョンス(チェ・ドンムン)から、ハンギが策略を用いて自分をおとしいれたことを聞いたソヌァは、愛の告白をしてくれたミョンスを利用して脱出しようとするが、あえなく失敗してしまう。ハンギとソヌァ。怒りと憎しみで始まった二人の関係だが、やがてそれは徐々に変化をし始める。
主役のチョ・ジェヒョンとソ・ウォンの演技が素晴らしい。劇中、台詞が一回しかない売春街のチンピラを演じるチョ・ジェヒョンは頭を丸めて大熱演。彼がキム・ギドク作品に出演するのはこれで五作品目。清純で溌剌とした女子大生から娼婦へと転落する悲劇のヒロイン、ソヌァを鳥肌が立つほどリアルに演じたソ・ウォン(1979年1月1日生まれ、本名:パク・ソンヒ 박성희 、165cm 48kg、家族:両親と弟、趣味:ジャズダンス、特技:ピアノ演奏)は、1992年にMBCテレビの人気青春ドラマ『思春期』の明るい少女役で子役デビューした後、何本かのテレビ番組やドラマに出演している女優で、キム・ギドク監督とは、『悪い女 青い門』の女性主人公のオーディションで初めて出会った。その時は他の女優がキャスティングされたが、このオーディションで監督の目にとまったのがきっかけとなり、その次の作品『魚と寝る女』の商売女役でスクリーン・デビュー。映画出演第二作となる本作で初の主演を射止めた。ソウル芸術大学放送芸能科を卒業し、現在ミュージカル・アカデミーに通っている彼女は、役柄の売春婦になりきるため、ソウルの竜山駅界隈の売春街に通ったという。また、元来楽天的で明るい性格のソ・ウォンだが、本作の撮影中は役になりきるあまり、口数が少なくなり一人で過ごす時間が増えてしまったとか。
監督・脚本はキム・ギドク。撮影はファン・チョリョン。照明はパク・ミン。編集はハム・ソンウォン。音楽はパク・ホジュン。美術はキム・ソンジュ。セットはオ・サンマン。キム監督の前作『受取人不明』も製作したLJフィルムが製作する。
純製作費はたったの7億5千万ウォンだが、これでもキム・ギドク作品の中では最も高い製作費。ちなみに、この映画の娼婦街のセットは、ソウル総合撮影所にある『新装開店』の野外セットを改造したもの。
釜山国際映画祭でワールド・プレミア上映され、公開前から「作品性・商業性ともに兼ね備えており、これまでのキム監督作品の中でもベスト・フィルム」との高い評価を受けていた(特に、釜山国際映画祭で観た日本の映画人&映画ファンには極めて好評だった)。そして、年明けの2002年1月11日に公開され、事前の口コミ&評価が効いたのか、それとも主演のチョ・ジェヒョンが2001年より出演していた人気テレビ・ドラマ『ピアノ』でその知名度を一気に上げたのが幸いしたのか、封切りから三日間でソウルで5万人、全国で13万人を超える観客動員を記録。『悪い男』の封切りから三日間の観客動員数は、キム監督のこれまでの全作品の合計動員数を超えてしまった。最終的にはソウルで30万人前後、全国では70万人前後の観客動員数をマーク。
TOKYO FILMeX 2001で上映された、キム監督の前作『受取人不明』は、韓国社会が通過してきた歴史とそれが個人の運命に及ぼした影響を描いていたが、そういった政治的・社会的背景の描写はなくなり、本作では、デビュー作『鰐 〜ワニ〜』から第四作『魚と寝る女』まで一貫して描かれていたような、暴力と愛、そして性的エネルギーの描写に回帰している。
キム・ギドク監督作としては、初めて作家性と商業性を両立させた作品で、高く評価される一方で、女性に対する性的虐待が描写されているため、作品そのものの存在意義に対する賛成・反対論も巻き起こり、韓国での公開時には週間映画雑誌『シネ21』が、専門家による賛キム・ギドク論、反キム・ギドク論を二号にわたって掲載した。また、ベルリン国際映画祭での試写会でも終映と同時に口笛や拍手、そして歓声まであがる一方で、理解できないといった反応も多かった。
第6回(2001)釜山国際映画祭「韓国映画パノラマ」部門、第52回(2002)ベルリン国際映画祭コンペ部門、第4回(2002)Udine Far East Film Festival、第16回福岡アジア映画祭2002、第27回(2002)トロント国際映画祭ナショナル・シネマ・プログラム部門招待作品。
第16回福岡アジア映画祭2002では『バッド・ガイ』という題名で上映され、最優秀作品賞にあたる福岡グランプリ2002を受賞。
第6回(2001)釜山国際映画祭アジア映画振興機構(NETPAC)賞Special Mention、第38回(2002)百想芸術大賞最優秀男子演技賞(チョ・ジェヒョン)、第25回(2002)黄金撮影賞新人女優賞(ソ・ウォン)、第39回(2002)大鐘賞新人女優賞(ソ・ウォン)、第10回(2002)春史羅雲奎映画芸術祭女子新人俳優賞(ソ・ウォン)、第7回(2002)女性観客映画賞「最悪の韓国映画」賞・「最悪の女子俳優」賞(ソ・ウォン)・「最悪の男子俳優」賞(チョ・ジェヒョン)受賞作品。
初版:2002/1
最新版:2002/7/19
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