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キム・ギドク論
〜「韓国」の枠を飛び出した映像作家〜

Text by 松本憲一(カツヲうどん)
2001/11/8受領


Profile 松本憲一(カツヲうどん)

 宮城県出身の386世代。VFX製作会社を経て、現在フリーの映像制作業。学生時代、韓国の留学生と交流があったことがきっかけで、新旧数多くの韓国映画に接するようになる。1999年、アニメーションの仕事で韓国に長期滞在した際、激動の韓国映画革命に遭遇。いくつかの日韓合作企画に首を突っ込むものの、予想外の問題が多すぎて現在は様子を見ている。夢の一つは、頓挫した韓国のチャンバラ・アニメを、どこか日本の会社が製作してくれることである。映画の他に、韓国のお酒や模型事情にも興味あり。



● 出会いは『受取人不明』

 私が彼の作品を初めて観たのはつい最近、今年、2001年初夏のこと、『受取人不明』であった。ソウルの光化門にあるミニ・シアター「シネキューブ」の館内は総勢十五人にも満たない観客数で、私はあまり期待をかけていなかった。だが、映写機が回り始めると、そこには予想もしない映画的衝撃が広がっていたのである。

 自作のピストルで幼いヒロインを失明させるオープニングから始まって、匂いすら感じさせる美しい田園風景の数々、素晴らしい構図、それら映像美をぶち壊すかのようなスピーディーな編集、暴力的で血まみれながらも、思わず笑ってしまうユーモア、激しい人間像、そして凄まじくも悲惨なラストに至るまで、驚きと感動のうちにあっという間に時間が過ぎてしまい、劇場を出ると、何だが歴史的瞬間か、大惨事の瞬間を目撃してしまったような妙な幻影に襲われた。


『受取人不明』

左はパン・ウンジン『魚と寝る女』の主演には
元々彼女がキャスティングされていたという。

● キム・ギドクの魅力

 彼の作風は一口でいうとすれば、即興的な映像美と構図の的確さ、自然美描写の巧みさ、スピードとパワーに溢れた編集のリズム、洒落か本気かわからない暴力性に富んだユーモアの連続爆撃であろう。特に男同士の描き方はまさに「体育系」、汗と体液が飛び散って来るがごとき、である。

 『受取人不明』は、まるで中平康監督の『狂った果実』を連想させ、同時にパゾリーニの一連の作品のようでもあり、ブニュエルの初期作品をも思わせる、前衛的で狂った魅力に満ちていた。これをきっかけに、キム・ギドク作品のほとんどを観ることになった訳だが、「この監督の魅力は何ですか?」と聞かれたら、「天然の魅力ですね」というのが、今のところの私の答えである。もちろん、処女作の『鰐 〜ワニ〜』から、一連の彼の映画を観ていただければわかることだが、必ずしも本能任せで映画を作っている訳ではないし、各作品ごとに工夫と試行錯誤を行っていることは間違いない。だが、どう考えても「天然」という表現の方が「天才」というよりもしっくり来るのである。なぜなら、監督の狙いがその意図どおりに評価されているというよりも、彼の場合、当初の狙いとは別の形で結集・完成され、それが作家としてのスタイルと評価を確立するまでに至っているように思えるからだ。

● その経歴と、それが作品に与える影響

 私はキム・ギドク監督と直接会ったことはないので、一般に公布されている資料や、周辺の人々の話から、人となりを想像するしかないのだが、そこから浮かび上がって来たものは、私の想像とは大きくかけ離れているものであった。

 キム・ギドクは、慶尚北道の出身で、実家は農業を営んでいるという。中学卒業後、普通の高校には行かず、農業専門校に進み、卒業後は地元の工場で働きながら実家の農業を手伝っていたらしい。『受取人不明』で描かれた印象的な田園風景や人間関係、『魚と寝る女』で見せた鄙びた地方の自然美の巧みさは、生まれ故郷の風景と生活経験が色濃く反映している映像ではないかと思う。

 五年間の兵役を経たあと、まず韓国国内でシナリオを学び、その後、絵画の勉強という名目で三年間フランスに渡っている。韓国に戻ってから書いたシナリオが当時の韓国映画振興公社(現、韓国映画振興委員会)などのコンペで幾つかの賞をとったことがきっかけで、映画監督としてデビューするチャンスをつかんだようである。だが、監督をするに至るまで、どこで何をしていたかは不明。ただ、『鰐 〜ワニ〜』には、その時代にキム・ギドク監督が見て感じた思い出が見え隠れする気がしないでもない。

 彼のこうした経歴は、現在韓国で活躍する監督の多くが、名門大学の映画学科や国立映画学校の出身者であったり、留学経験者であるなど、学生時代から映画製作の活動を行っていた、いわば「おぼっちゃま系」であることを考えると、極めて珍しいといえる。また、キム・ギドクの作品が「作家性の高い映画」として国際的に注目されていることは、現在の韓国映画界において一種の逆説的・皮肉的な結果ともいえるだろう。「おぼっちゃま系」でなかったゆえ、キム・ギドクはハングリーに、低予算で作品を作り続けることが出来るのかもしれない。

● 海兵隊での経験と彼特有の映像言語

 さて、彼の人生と作品性を解析する上で、一番大きな影響を与えたと私が考えているのは、五年に及ぶ軍隊時代である。彼は通常の兵役義務(約二年半)を越えて軍隊暮らしをしていた訳だが、そこが過酷さと激務を誇る「海兵隊」であったことは注目すべきことである。ここから、彼の映画の持つ「鋭角的な暴力性」の理由をすぐに結び付けるのは危険な結論だが、「水」「魚」といった映像言語の一部や、作品全般に漂う濃厚な体育系的男臭さは、海兵隊での生活が大きく影響していると思われる。また、彼が映画のシナリオを学ぶことになったきっかけも、軍隊での何かとの出会いが関連している可能性は高い。

 現代の日本では想像しにくいことだが、韓国のサブ・カルチャーを論じる上で、軍隊経験の影響は決して見逃してはならない要素である。キム・ギドク作品では一貫して「春をひさぐ」女性達が登場するが、多感な青春時代を、男だけの世界で生きた彼にとって、娼婦の存在が身近なものであったことは、容易に想像できる。彼が軍隊時代を過ごしたという浦項(ポハン:慶州の北東にある日本海に面した港町)を舞台にした家族の再生劇『悪い女 青い門』は、海兵時代の実体験的作品であるように私には見えた。

● フランスでの美術経験

 キム・ギドクの映画において、もう一つの特徴は、監督が美術を手掛けている、ということだ。劇中登場するセットの配色、筆使いのタッチ、小道具としてよく使われる絵に共通の個性が感じられることから考えて、監督自身が、かなりの部分で腕を奮っているようで、これは彼の「絵描き」としてのこだわりなのだろう。

 彼がいつ、どうして絵画に興味を持ったのかはわからない。フランス滞在時代はぶらぶらしていただけで、特に学校に通っていた訳ではない、という話もある。だが、その時期、画廊や美術館に通い詰め、数多くの絵画に接していたと解釈することも可能だ。

 『ワイルド・アニマル』は、ある程度、彼のフランス時代を読み解くヒントを与えてくれる作品だろう。まさか、劇中のように辻強盗をやっていた訳ではないだろうが、この作品で描かれる「生活者から観たパリの風景」ともいえる構図は、フランスでの生活を垣間見るようでもある。

● その作品群

 最後に、キム・ギドクの一連の作品について、簡単に触れてみたいと思う。『受取人不明』は、彼の集大成的な作品だが、キム・ギドクに興味を持たれた方は、なるべく全作品を観ることをお勧めする。そうしないと、この監督の作家性と、作品毎に新しい作風を生み出そうとする姿勢が見えてこないからだ。

  1. 『鰐 〜ワニ〜』 Crocodile/1996年
     処女作という以外は、あまり見所はないものの、彼独自の映画言語をあちこちに発見することが出来る。幾つかのシーンは、今観ても、非常に優れて印象的だ。
  2. 『ワイルド・アニマル』 Wild Animals/1997年
     最も商業的性格を持つ作品。韓国では酷評された作品だが、最後の二十分は、まさに「キム・ギドク式フィルム・ノワール」を試みており、私はお勧めの一本。『コックと泥棒、その妻と愛人』、『ディーバ』のリシャール・ボーランジェが出演していることも見逃せない。
  3. 『悪い女 青い門』 Birdcage Inn/1998年
     キム・ギドクのスタイルが「一応」確立した作品。最もカメラの縦移動が使われている。キム・ギドクは、どうも横移動や手持ち撮影があまり好きではないようだ。真っ当な家族劇としても見応えがある。
  4. 『魚と寝る女』 The Isle/2000年
     キム・ギドクの作品の中では一番前衛的で、かつ残酷なユーモアに満ちている。国際的に注目されるきっかけになった作品だが、個人的には一番の凡作。
  5. 『リアル・フィクション』 Real Fiction/2000年
     残念ながら未見。デジカムとステディカムを使っていることから考えると、移動撮影を実験的に駆使した作品である可能性が高い。
  6. 『受取人不明』 Address Unknown/2001年
     現時点での集大成的作品。物語における韓国現代史のテーマ性うんぬんよりも、その鋭角にして繊細な映像言語に注目して欲しい作品だ。
  7. 『悪い男』 Bad Guy/2001年
     第6回(2001)釜山国際映画祭「韓国映画パノラマ」部門にてワールド・プレミア上映された最新作。本作も残念ながら未見。
● 最後に

 キム・ギドクが、今後もマイナー街道を驀進するか、(『JSA』パク・チャヌクのように)いきなりメジャーでヒットを飛ばすか、それは誰にもわからない。だが、彼の登場は久々に「韓国映画」の枠を外せる可能性を持った「作家監督」の登場であるといえる。

 台湾のホウ・シャオシェンや、中国のチェン・カイコーがメジャーな作家として国際的に認知された途端、つまらなくなったような現象が彼にも起こる可能性は十分にある。だが、彼が大予算で何をしでかすかも、ファンとしては是非観てみたい。そこら辺は複雑な心境だが、『魚と寝る女』の日本公開、『受取人不明』TOKYO FILMeX 2001での上映をきっかけに、キム・ギドクの作品を、もっと日本で観る事の出来る機会が増える事を切に望みたい。


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