名前 漢字 ハングル |
キム・ヒソン 金喜善 김희선 |
生年月日 |
1977年6月10日 ※ 戸籍上は2月25日 ソウル出身 |
性別 |
女 |
血液型 |
O |
サイズ |
167cm 47kg |
家族事項 |
一人娘 |
出身校 |
中央大学演劇科休学中 |
特技 |
ピアノ演奏 サムルノリ 卓球 ビリヤード |
趣味 |
歌 |
デビュー |
1993年 SBS 専門 MC |
出演映画 |
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ドラマ |
恐竜先生(1993)
アガサ・クリスティー(1994)
春香伝(1994)
風の息子(1995)
銭湯の男達(1995)
遥かなる国(1996,KBS)
カラー:ホワイト(1997,KBS)
プロポーズ(1997,KBS)
ウェディングドレス(1997,KBS)
ニューヨーク・ストーリー(1997)
この世が終わっても(1998,MBC) (原題:この世の果てまで)
ひまわり(1998,MBC)
ミスターQ(1998,SBS)
トマト(1999,SBS)
グッバイマイラブ(1999,MBC) (原題:さようなら、私の愛)
窈窕淑女(2003,SBS)
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現在、若手女性タレント人気ナンバー1。日本にも熱烈なファンがいることで知られ、中には「韓国一の美女」と評する人も。演技力はイマイチだが、「美人だから許す」との問答無用の評を得ている。一方で「恋多き女」としても有名で、本当かどうかは知らないが、一時は香港明星黎明(レオン・ライ)との熱愛説もあった。黎明が韓国語が堪能なのは実はキム・ヒソンと直接話をしたいからといった俗説も生まれ、日本の黎明ファンは SKY PerfecTV で放映される韓国ドラマに出演しているキム・ヒソンを見て、「きぃぃぃ!」となったと言われる。真偽は定かでないが、それだけ魅力的な女性という事だ。
中学三年の時、雑誌『ジュニア』主催の「ジュニア 美しい顔選抜大会」で大賞を受賞。同誌の表紙を飾る。高校ニ年生の1993年にはCMに出演し、SBS『人気歌謡』のMCとして芸能界デビュー。その後、数多くのテレビ・ドラマに出演し人気を博す。映画は、美男子チャン・ドンゴンと共演した荒唐無稽な恋愛ドラマ『敗者復活戦』でデビュー。この作品の演技で第18回(1997)青龍賞新人女優賞にノミネートされる。しかし、作品自体は期待されたほどにはヒットせず、しばらく映画界から遠ざかる。
1998年は大ヒット・ドラマ『ミスターQ』で活躍し、翌年CGを駆使したロマンティック・ファンタジー『愛のゴースト』で映画界復帰。1999年8月に公開されたこの作品は夏休み中という事もあり大ヒット。翌9月にはアン・ジェウクとの共演ドラマ『グッバイマイラブ』の放映開始、そして映画出演第三作の『ホワイトクリスマス 恋しくて、逢いたくて』が封切り、更に第四作『アウトライブ −飛天舞−』へのキャスティング決定と、一躍時の人となる。この時期書店では、彼女のライフ・スタイル、ファッション、メイク、よく行く店などが書籍として何冊も出回り、ちょっとしたブームになっていた。
1999年の恋愛映画『ホワイトクリスマス 恋しくて、逢いたくて』では、ブラウン管の人気者ソン・スンホン、キム・ヒョンジュと共演している。また、2000年の大ヒット武侠メロ映画『アウトライブ −飛天舞−』では、父親が皆殺しにした一族の息子を愛し、愛と復讐の間で葛藤するモンゴル族の娘を演じている。
順風満帆な活動を行っていたが、『アウトライブ −飛天舞−』公開後の2000年8月に、なんと彼女のヌード写真集騒動が発生。騒動で心身ともに疲れたキム・ヒソンは芸能活動中断を宣言し、しばらく休養を取った。
2001年には恋愛映画『ワニ&ジュナ 〜揺れる想い〜』で芸能活動を再開。この映画ではトレードマークだった美しく長い髪をばっさりと切り落とし新鮮なショートヘアを披露。今までとは一味違う内面演技も見せ、「キム・ヒソンが変わった」との評を得る。
また、彼女の主演ドラマ『ミスターQ』、『トマト』、それに映画『アウトライブ −飛天舞−』が中国で放映・公開された関係で2001年に入ってからは、中国での人気もうなぎのぼり。中国のインターネット投票では常に上位にランクされ、ついには中国の携帯電話のCMにも出演。そして、このCMの撮影指揮をしたのが、なんとあのチャン・イーモウ(張藝謀)ということで、中国ではチャン・イーモウの次回作に主演するのではないかとの噂もある。
ちなみに、チェン・カイコー(陳凱歌)の『北京ヴァイオリン』で主人公の少年が宝物のように持っている写真はキム・ヒソンのそれ。こんなところからも中国でのキム・ヒソン人気を伺い知ることが出来る。
次回作はキム・ジョングォン監督の『天国からの手紙』。
初版:1999
最新版:2001/12/1
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