アジアフォーカス・福岡映画祭2003 リポート
『オアシス』
Reported by 井上康子
2003/10/17受領
『オアシス』 2002年
監督・脚本:イ・チャンドン(『グリーンフィッシュ』、『ペパーミント・キャンディー』)
主演:ソル・ギョング/ジョンドゥ(『ペパーミント・キャンディー』、『公共の敵』)
ムン・ソリ/コンジュ(『ペパーミント・キャンディー』、『浮気な家族』)
イ・チャンドン監督、文化観光部長官でお忙しいんだろうな。主演のお二人もお忙しそうだしな、と予測してはいたものの、ゲストなしの上映は寂しいものがありました。
<鑑賞記>
アン・チファン作詞・作曲の『ネガマニル(私がもし)』が数箇所の場面でジョンドゥとコンジュに歌われているということが暗示になり、二人のデートの場面で、脳性マヒのコンジュが一定時間健常体になって、ふざけてジョンドゥの頭をペットボトルでたたいたり、少し泣いたり、すねて見せたりするシーンが、コンジュの願っている「もし」の具体的内容であることが推測されます。これらの彼女の願いは若い女性らしい、かわいらしいもので、また、それは健常体の人であればそういう振舞いができることの喜びをいちいち自覚しないようなささやかなものであるだけに、切なさがつのります。なので、私はコンジュが一定時間健常体になるシーンが出てくるたびにウルウルとなってしまっていました。
また、この健常体で自由に動けるコンジュのシーンの挿入には、随意的に動けず、さらに言語障害も有しているコンジュからのメッセージをそのままでは伝えきれないため、彼女のメッセージを伝える手段とする意図もあったと思われます。この、常に不随意運動を生じさせているコンジュが一瞬で活き活きと自由に動き出すコンジュに変化するシーンは、視覚的に強いインパクトを有し、観る側をひきつけます(イ・チャンドン監督いろいろ巧みですよね)。
ジョンドゥがコンジュをレイプしようとしたシーンについては、わざわざ入れなくてもいいのではとか、その後、コンジュがジョンドゥに自分から電話をかけるシーンについても、あんなことがあったあとで、わざわざその男に女が自分から電話なんかするかいな!とか、最初は感覚的にそう思いました。
しかし、冷静になってみると、まず、ジョンドゥについては、すでに無邪気にコンジュに花も贈り、本当にコンジュに女性としての魅力を感じていて、抑制の利かない彼はあそこまで到ってしまったのだと、まあ情状酌量の余地があるなと思いました。また、最初にこのシーンが挿入されていることで、最後にはコンジュから大人の女性としてジョンドゥと結ばれることを望むようになり、ジョンドゥも彼女の体を気遣いながら愛するようになるという二人の成長した関係が明確に浮かび上がってくることも伺えました。
コンジュからの電話についても、隣人夫婦は彼女の前で平気でセックスしてしまうし、兄夫婦は彼女を利用して自分たちだけで障害者用住宅にちゃっかり入居してしまっている、という、コンジュが人としての最低の敬意も払ってもらえない環境におかれているという前提があることがきちんと示されており、コンジュは自分に人としての無邪気な関心に加えて女性としての関心を示してくれたジョンドゥに電話をかけるに到ったのだと、考えるようになりました。
この映画の中で私が一番好きなシーンは、コンジュが「私は仕事をしている人が羨ましい」と言ったのを聞いて、家族にいくら注意されても仕事に励もうとしなかったジョンドゥが、自分がコンジュに比べて恵まれた立場に置かれていることを自覚し、はじめて自発的に仕事に取り組もうとするところです。だからといってスムースにことが運ばないのが不器用なジョンドゥの悲しさですが、自動車整備の仕事に前向きに取り組もうとするジョンドゥは、コンジュのために必死でコンジュの部屋の前の木の枝を切るジョンドゥに次いで、輝いて見えます。
ラストは、拘置所にいるジョンドゥのコンジュを思いやるメッセージが流れる中、不自由な体でせっせと部屋の掃除に励んでいる前向きなコンジュを見て、ほっとすると同時に、こちらも励ましをもらったような気にさせられます。
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