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「日韓映画バトル」で初来日のチョン・ジェウン監督随行記

Reported by 岸野令子
2003/9/29受領


Profile 岸野令子

 映画パブリシスト。キノ・キネマ代表。龍谷大学非常勤講師。『赤毛のアン』、『髪結いの亭主』、『ハンネス、列車の旅』などの宣伝、『暗戀桃花源』などの配給を担当。ライターとしても活動するほか、女性のための映画講座や上映会の講師を多数務める。
 韓国映画に関しては、1994年の「大阪韓国映画祭」を皮切りに、2002年の「日韓映画バトル」など数多くの映画祭を大阪で企画・コーディネート。1997年には『永遠なる帝国』を配給する。また1997年の第2回より釜山国際映画祭に連続参加。チョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』は2001年の釜山国際映画祭で見て一目惚れ。



 日本写真映像専門学校が主催する「日韓映画バトル」は昨年第1回目が開催され、韓国からキム・サンジン監督とチョン・ヨンタク先生(漢陽大学映画科教授)を招いての〈燃える7時間〉だった。好評につき今年「第2回」開催が決まり、去年に引き続き私がコーディネーターを担当した。

 今年は誰を呼ぶかとアジア映画社の兪さん、チョン先生と相談、若手の女性監督チョン・ジェウンさんに白羽の矢を立てる。えっ、チョン・ジェウン監督って誰?ですって。ああ〜そうか。日本ではまだ彼女の映画は正式に公開されていないんだった。でも、この人、要チェック。来年、彼女の長編デビュー作『子猫をお願い』が劇場公開される予定だ。すでに短編が「ぴあフィルムフェスティバル」で紹介されたこともあるし(*)、この9月のアジアフォーカス・福岡映画祭では、彼女の作品を含む六監督によるオムニバス『もし、あなたなら〜6つの視線』が上映された。

(*) 今回の第2回〈燃える7時間・日韓映画バトル〉で上映されたチョン・ジェウン監督の『二人の夜』は、第21回(1999)ぴあフィルムフェスティバルで紹介されている。

第2回〈燃える7時間・日韓映画バトル〉
2003年8月30日(土)@大阪・東心斎橋タカラベルモントTBホール

 大阪初公開となる『新羅の月夜』改め『風林高』、日韓合作『KT』(監督:阪本順治)、そして韓国の新鋭女流作家チョン・ジェウン監督の短編『図形日記』、『二人の夜』を上映し、チョン・ジェウン監督と阪本順治監督によるバトル・トークを開催。

 では、話をさかのぼらせて、8月29日(金)夕刻、関西国際空港に降り立ったチョン監督を迎えてからの大阪滞在アテンド三日間のルポを書いてみよう。

 チョン監督にとっては、これが初めての日本訪問。いい印象をもって帰ってほしいと思いながら、出迎え。Tシャツにカーゴパンツ、スポーツブルゾンの彼女はショートヘアにノーメイクで可愛い少年のよう。まったく気取りのない様子で、まず安心。こないだまでひとりでアフリカに行ってたとか。日本は初めてだけど和食は大好きで何でも食べますと言う。ではまず、大阪市内のホテルにチェックインして食事に行こうね。

<今回、初来日のチョン監督>

画像提供:白井美友紀

 なんばのWホテルは、明日の「日韓映画バトル」が開かれるTBホールの近く。道頓堀や心斎橋はすぐ近くだ。とりあえず、戎橋のグリコのネオンのタイガース仕様から見てもらおう。でも野球は興味ないって。それではお寿司でも、と歩きながらちょっと情緒ある店を探すも満員で結局回転寿司でいいよということに。この後、めちゃ濃いコーヒー大丈夫というので(韓国の“コッピ(=コーヒー)”は超薄い)、老舗の珈琲店に連れていって、この日はお休みなさい。

 30日、イベント当日。朝10時半ホテルロビーでお迎え。監督すでに起きて近所を散歩してきたそうな。11時にKNTVの取材。12時会場へ移動。写真専門学校の先生方にご挨拶。受付その他は学生さんたちが分担して働いている。午後1時イベント開始時に舞台挨拶をする。観客150人すでに満員。まず映画上映は、去年のゲスト、キム・サンジン監督作品の『風林高』(原題:『新羅の月夜』)から。受けてましたよ。

 バトルの相手、阪本順治監督が来るのは夕方なので、それまでに昼食と休憩。写真専門学校副校長濱口先生のご案内でうどんやへ。そしてチョン監督は心斎橋ソニービルへ何やら新製品が見たいとお出かけ。3時半に帰ってねとフリータイムに。『KT』上映開始前、無事お帰り。


『図形日記』


『二人の夜』

 さて、阪本監督が来たので簡単な打ちあわせ。阪本さんはチョン監督の短編『図形日記』、『二人の夜』をフィルムで見たいと場内へ。終わったらいよいよ〈バトル・トーク〉だ。

 この日の話は、韓国と日本の映画製作の違い、公開のされ方の違い、それぞれ良いところ、悪いところも出し合って、交流することが出来たと思う。

 終了後、打ち上げパーティの後、阪本監督のなじみの店に連れていってもらう。阪本さんは先輩としていいアドバイスをしてくれたとチョン監督。結局3時ごろまで飲んでたらしい・・・(自宅の遠い私は通訳の世良さんを残して先に失礼した)。


(左)阪本監督、(右)チョン監督

 31日朝10時にお迎え。やはりまだ起きてこない。するとロビーで、早朝九州に発ったはずの阪本監督が現れる。「いや、次の飛行機にしました」「やっぱり(笑)」と言ってるところへ、チョン監督お出まし。さあ京都へ行きましょ。一日でどこが見れるといってあちこち行ってもと思い、京都らしいところと選んだのは大徳寺。石庭でしばし瞑想。ここは風が吹き抜けて暑さも少し和らぎ気持ちいい。こんなところに篭ったら脚本書くのもはかどりそうとチョン監督。じつは机に座りっぱなしで太ったのだとか。でも朝ご飯食べてないでしょ。さあお昼と、境内にある「泉仙」で精進料理を食す。托鉢のお椀に盛られたコース料理の繊細な盛りつけに、韓国人はこんなこと出来ないね、どうやるのかな。世良さんが「そりゃもう顕微鏡覗いてピンセットで乗せるんですよ」といったので大笑い。食べたお椀七つがだんだんに小さくなっていて重ねるとマトリョーシカのようにすっぽり入ってしまう。ロシア人が喜ぶよと聞いたのはこの器のせいもあるのね。


大徳寺にて

 大徳寺から金閣寺まで、炎天下を歩かせてしまった。もっと近いと思ったんだけど(私、京都はよく知らんのだ)。でもチョン監督、歩くのは平気だって。

 対照的な二つの寺を見て、大急ぎで大阪へ。阪本監督に「大阪へ来て通天閣見いへんかったらアカンで」と言われたので通天閣へ。でもねえ。昔と違ってエライきれいなんですわ。展望台で四方を眺めて超簡単、大阪案内。それでも新世界国際など三本立ての名画座が残っていて、チョン監督も嬉しそう。通天閣のイルミネーションも明日から阪神モードになるとか。日は暮れたけど、あと一箇所、ライトアップされた大阪城へ。またまた広い敷地を歩いてもらう。これでコンパクトな京都大阪見物は終わり。大阪最後の夕食は「ゆかり」のお好み焼きで決まり。『KOREA TODAY』の白井さんも合流して〈お疲れさま〉。まじめな記事は『KOREA TODAY』2003年9月号を読んでね。


(左)チョン監督、(右)筆者

 こうして翌9月1日には東京へ移動したチョン監督。食べて歩いてばっかりだったかなあ。

 私がチョン監督の来日を熱望したのは『子猫をお願い』を2001年に釜山国際映画祭で見てぞっこん惚れ込んだからである。トレンディな恋愛ものやコメディや催涙系メロドラマにはない、等身大の女の子たちの気持ちがせつないほどに伝わる韓国映画はこれまでお目にかかったことはなかった。こんな映画を作るチョン監督ってどんな人なのか。彼女の監督としての力量は短編映画でも発揮されているが、『子猫をお願い』を見るとその才能の輝きに夢中になる。仁川の町に女の子たちを生き生きと存在させた演出、ケータイなどの文字をうまく画面に取り込んだ映像の面白さ、そしていっしょうけんめい格闘する青春像。


画像提供:CINEMA SERVICE

 実際に出会ったチョン監督はタフでユーモラスで、ねばりづよいところがあり、よく気がつく人だ。自分の映画がそんなメガヒットするタイプの映画ではないと知っている。でも、いろんなところに招かれて「良かった」と言ってくれる人たちと出会うので励まされているし、責任も感じている、とチョン監督。

 通訳を務めてくれた世良さんも、ソウル公開時に三回も見たというほどの『子猫』ファン。みんなで日本公開の応援をしたい。

 チョン監督の次回作は『台風太陽〜君がいた夏〜』。今度は男の子の映画で、女性から見た男の子像を描くという。


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