Review 日常感覚で日韓関係を描く
text by 松本憲壱
韓国の若手監督と、韓国で暮らす日本人俳優たちが、日韓関係をテーマにして一緒に作り上げたオムニバスが、この『まぶしい一日』です。三人の監督のうち二人は、既になんらかの形で商業デビュー済みですが、どの作品も良い意味で擦れていなくて、今までになく瑞々しい作品に仕上がりました。
日本においても、韓国においても、互いの国の俳優志望者や監督志望者、映像業界関係者が、何らかの形で留学や長期滞在しているという事実は、かなり前からありました。ただ、そういった経験が、会社組織を基盤にした時には何の役にも立たない事は、日本も韓国も同じようなもの。最近の韓国における日本文化開放政策や、日本で韓国の映画やドラマが商売になる実例が出たことから、だいぶ流れは変わりつつあり、日韓生活経験者の業界人たちがコラボレーションをとれる機会は増えたように見えますが、作品を作る目的はあくまでもビジネスであって、最大公約数の観客を呼び集めなければならない厳しい条件がある現実は、なんら変わりありません。そこには「友好」だとか「橋渡し」だとか、個人の甘い理想がつけいる隙はほとんどなく、日韓両方のマーケットでヒットする合作を作るには、まだまだ試行錯誤と失敗が必要でしょう。この『まぶしい一日』も、日韓の間にある大きな峠を完全に越えたとは言えません。しかし、『ロスト・メモリーズ』や『力道山』、『青燕 あおつばめ』(*)が、峠の2合目から3合目までに達した作品だったとすれば、『まぶしい一日』は、それから半合目くらいは先に進めたように見えました。よくあるトンチンカンで気張った目的意識や暑苦しい義務感といったものが良い意味で希薄であり、世代が確実に更新していることを実感させ、それゆえ描かれた登場人物たちに共感できる部分が沢山あったのです。少なくとも「日常感覚での日韓関係」というものが、他のどの作品よりも、きちんと出ていたのではないでしょうか。
(*) 1920・30年代、日本で女流飛行士として活躍した朴敬元<パク・キョンウォン>の生涯を描いた作品。
エピソード1 『宝島』
死の床についた祖父の願いをかなえるために、初めて済州島を訪れた二人の若い日本人女性が遭遇する意外な真実とは?
二人の少女のロードムービーとして始まるこの作品は、当初平凡な展開を見せますが、劇中起こる、ある出来事によって、物語は大変説得力のあるものに変化していきます。そして、劇中提示される、あるテーマに思い入れのある方には、一番、胸に染みるエピソードです。この作品で特筆すべきは、登場人物の描き方に、従来の日韓的ワンパターンな人物像から一歩踏み出した、今の自然な人間像を描こう、という姿勢が感じられることです。劇中登場する韓国人男性キャラの多くは、日本人女性に難癖をつけたり詐欺をはたらいたりと、反射的に日本人に対して敵対感を表す攻撃的な人物ですが、そこには韓国側の自己批判というよりも、美化しないリアルな韓国人像を描こうとする監督のこだわりを感じます。ヒロインである二人の日本人女性にしても、無意味に韓国に憧れていたり、関心を持っていたりといった、これまでの韓国映画にしばしば見受けられたステレオタイプ的な日本人女性でないのは、在韓日本人の意見が反映されているのでしょう。
エピソード2 『母をたずねて三千里』
主人公ジョンファンは、荒れた日々を送る不良高校生。街角で詐欺を繰り返す彼には、自分と父親を捨てた母親に会うべく、日本に渡るという秘められた目的があった…。
人の心が一番リアルに描けていたと感じた作品です。また、この作品における日本の心象というものも、日本に行ったことがない、ごく一般的な韓国人にとってのリアルな日本像を感じさせ、日韓関係というものが、一番生々しく出いたように思います。注目すべきことは、主人公ジョンファンにとって、日本という国は母親が住んでいるということを除いて基本的には何の関心もない場所である、ということです。映画の最後、韓国映画には珍しく渋谷の街が出てきます。早朝の渋谷で何のあてもなくさ迷うジョンファンの姿は、日本と韓国の「近くて遠い国」という表現を、ずしりと象徴しているかのようでした。韓国作品でありがちな、新宿ロケを行わなかった点も、製作者側の新しい視線が感じられた一編でした。
エピソード3 『空港男女』
旅行雑誌で働くライターの石田は、空港に向かう途中、タクシーのトラブルで日本に帰る飛行機に乗り損ねてしまう。ひょんなことから、書店で働くゴニと知り合い、空港で一夜を過ごすことになるが、二人とも自分の国の言葉しか話せない。身振り手振りで何とか意思を伝えようとする二人だったが…。
一番のオススメです。なぜなら、コミュニケーションの本質が自然な形で描かれていたからです。目新しい内容ではないものの、日本人と韓国人の関係をこういうテーマで捉えた作品は、この映画が初めてだったのではないでしょうか? ありそうでなかった作品であり、実は多くの人が望んでいた日本と韓国を巡る物語だったように感じました。主人公二人は相手の国の言葉がまったく出来ず、かといって都合よく英語もできずですが、よくあるバイリンガルな第三者がしゃしゃりでてきて仲介したり、といったことは一切ありません。二人はボディランゲージや、アイコンタクトでなんとか意思疎通を図ろうとしますが、意思が通じているようで全く通じていなかったり、逆に言葉を越えて意志が通じていたりと、そこら辺の加減がとても面白く描かれています。日本語、韓国語がある程度わかる方には、この一編だけは字幕なしで観て欲しいと思います。そうすれば、この作品の面白さがいっそう伝わってくるのでしょう。
『まぶしい一日』は、ミニシアター向けの小さな映画だったため、韓国内では特別大きな話題にはなりませんでした。しかし、日本と韓国を巡る描けそうで描けなかった部分が、こういう形であっても発露したことは注目すべきことです。5年前、いや3年前でも、こういった作品を製作して公開することは不可能だったでしょう。ビッグバジェットの商業作品において、このような自然な感覚の日韓合作が出現するには、あと何年かかるのでしょうか?
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