『ディナーの後に』のイム・サンス監督第二作。社会からはじき出されたティーン・エイジャーの非行少年少女を主人公にしたドキュメンタリー・タッチの感動作。同テーマの作品に『バッドムービー』があるが、『バッドムービー』はシナリオ無しを売りにしていたのに対し、『ティアーズ』は完成したシナリオがあり、劇映画の文法に忠実である点が異なる。
プチ家出状態の少年ハン(ハン・ジュン)と、幼い頃に近親相姦にあったことがトラウマとなりセックスを「悪いこと」と呼んで毛嫌いする少女セリ(パク・クニョン)。ある日、チャン(ポン・テギュ)が主導する集団強姦を拒絶したセリをハンが助け、再会した後、二人は同棲を始める。そして、セリはホステスとして、ハンはポン引きとして働くようになる。一方、チャンは彼を愛し酒場でホステスとして働くラン(チョ・ウンジ)のヒモとして生活している。ある日、ソウルでの生活に飽きた四人は、オートバイを盗んで海を見に行くが、そこはゴミだらけ。そして、帰ってきた四人には不幸な事件が待ち受けていた。
イム・サンス監督が『ディナーの後に』の前にウノ・フィルムでデビュー作として準備していた作品で、1996年に不良少年・少女達と6ヶ月間生活してシナリオを書いたものだが、投資社が見つからず、また『バッドムービー』とテーマが重なったため製作できずにいた作品。その後も、35mm劇映画として製作する事は難しく、デジタル・カメラで撮る事になる。
傑作コメディ『反則王』を生み出した映画社「春」が製作。総製作費は6億ウォン。デジタル・ビデオ・カメラ(SONY DSR-PD100AP)で撮影された作品だが、メジャー映画社がデジタルカメラで写す映画を製作したのはこれが初めて。なお、キネコ作業はスイスで行われた。100%デジタル・ビデオで撮影された韓国映画が公開されるのは『ポンジャ』に続いてこれが二作品目。
主人公の四人の俳優は街でスカウトされた全くの素人だが、デジタル・カメラのメリットか、彼らのカメラを意識しない自然な姿が好評。1979年8月26日生まれのハン・ジュンは俳優を夢見る若者で、ポン・テギュ(21)は美術の勉強をしていた。1981年2月10日、全羅南道光州生まれのパク・クニョンは歌手になる夢を抱いて上京してきた少女。1981年2月10日生まれのチョ・ウンジは高校2年生の時にファッション・カタログのモデルとして活動した経験がある。彼・彼女等は全員一緒に合宿をしながら撮影にのぞんだという。
監督のイム・サンスはシナリオも担当し、劇中で売春街の医師としても登場する。製作はオ・ジョンワン。撮影は韓国最高のデジタル専門家と呼ばれるイ・ドゥマン。
家出少年・少女を主人公にし、シンナー、援助交際、近親相姦などが描かれているため「18歳以上観覧可」のレイティングが付き、10代を描いているのに高校生は見ることができなくなった。そして、この映画の公開前には、生徒の父兄と教師が参加する討論会が開かれ、「18歳以上観覧可」のレイティングが適切か? 映画の中の子供達と現実の子供達をどのように見るべきかについて討論がされた。また、同じく公開前に、青少年職業体験場が「『ティアーズ』と共にするdStory映画祭」を開催し、学校を自主退学した10代の青少年がパネリストとして参加。監督と主演俳優達と青少年問題について討論をした。他にも、製作の映画社「春」が、映画のホームページで不良少年・少女が通う施設学校を後援するオンライン・イベントを開催。
第1回(2000)香港アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラム(HAF)招待作品。第5回(2000)釜山国際映画祭韓国映画パノラマ部門でワールド・プレミア上映され、国際映画評論家協会賞(FIPRESCI Award)の Special Mention を受賞。第51回(2001)ベルリン国際映画祭パノラマ部門、第25回(2001)香港国際映画祭、第23回(2001)モスクワ国際映画祭Young Cinema Forum部門、第14回(2001)東京国際映画祭シネマ・プリズム部門、第55回(2001)エジンバラ国際映画祭招待作品。国内では第38回(2001)大鐘賞新人監督賞(イム・サンス)を受賞している。
初版:2001/2/1
最新版:2001/11/12
|