Text by 松丸亜希子 Photo by 宮田浩史



 2002年12月29日(日)、商業映画界初の試みとして、視覚障害者の方も一緒に映画を楽しむことが出来る、『ラスト・プレゼント』の副音声付上映がシャンテ・シネにて行われた。当初予定されていた11:00の回だけでは、準備しておいた65個のヘッドフォンが足りなくなったため、急遽18:30の回でも対応するなど大好評のうちに終了。各方面から注目が集まり、バリアフリー社会の実現に向け、新たな一歩が踏み出された。

 この試みの仕掛人で、『ラスト・プレゼント』の配給を担当している(株)パンドラ(http://www.pan-dora.co.jp/)代表の中野理恵氏に、お話をうかがった。

     日 時:2003年1月19日(日) 13:00〜14:30
     場 所:(株)パンドラ オフィス
     聞き手:松丸亜希子




Q:  単館ロードショー作品として、『ラスト・プレゼント』はかなり健闘しているようですね。副音声付上映も大成功で、私もうれしく思っています。この試みは、以前配給された『ザ・カップ 夢のアンテナ』の時から始まっていたのですよね?

A:  以前、『ビヨンド・サイレンス』という作品を配給した時に、耳の聞こえない人が映画を観ると知ったのですが、じゃあ、目の見えない人はどうするんだろう?という疑問が湧いてきて。ビデオやDVD、CSなどの普及で、ひとりで映画を観るチャンスは増えましたが、逆に劇場で映画を観るチャンスは減ってますよね。大きなスクリーンでみんなと一緒に観るのが映画のよさだと思うのに。
 大勢の人が集まる場所というのは社会の縮図ですから、その風景が変われば社会は変わる、風景が変われば人の意識も変わると思うんです。耳の聞こえない人も目の見えない人も高齢者も、いろいろな人に大勢で映画を楽しんでほしいという思いがありました。
 『ザ・カップ 夢のアンテナ』は2000年に準備したのですが、副音声を付けるということを他の提供会社二社もすぐに同意してくれました。実現するにはお金の問題がいちばん大きいですね。DVDになる場合は吹き替え版を準備しますから、その経費は特に計上しなくてもいいのですが、副音声をつける経費と当日の上映システムにも費用がかかります。総額100万円弱くらいかな。この時は劇場での副音声サービスはできなかったので、ヤマハホールで試写をしました。主に福祉関係者と当事者が来場し、評判よかったですよ。
 あれから二年が経過したわけですが、商業劇場で公開中の映画に対しての副音声サービス実施は初めてのこと。しかも東宝という日本最大手の劇場でできるなんてね。大きな変化があって驚きましたよ。シャンテ・シネの支配人がふたつ返事でオッケー、提供会社五社も即オッケー。テレビ局に新聞社、マスコミの反応もいろいろありました。この試みをドキュメンタリーにしたいという人まで現れて。
 三、四年前に知り合った"City Lights"(http://www2.odn.ne.jp/citylights/)という団体、視覚障害者と一緒に映画を観る活動をしている人たちのおかげでグンと輪が広がりましたし、今回の台本を作る時には、調布映画祭(http://chohu.hp.infoseek.co.jp/)で読み聞かせをしている朗読ボランティアグループ「さんざし」さんにもとてもお世話になりました。当事者の方々もたくさん観にきてくれましたし。キャパシティから65人が限度と劇場から言われていたのですが、足りなくなってしまって、急遽、夜の回も増やしたんですよ。100人近く来ていたと思います。「さんざし」の皆さんとの反省会で、どうしてこんなに大勢来てくれたんだろうと話したのですが、電子メールの効果も大きいのではと。視覚障害者が街に出るようになったという状況の変化もあるでしょう。何十年ぶりに映画を観ますよとおっしゃっていた方もいました。

Q:  視覚障害のある友人が何人かいて、お知らせのメールを送ったところ、ふつうに劇場公開されている作品を観られるのはうれしいことだと喜んでいました。

A:  ごく普通にヒットしている映画だからいいんですよね。障害者を主人公とした映画に副音声を付けることをよく考えるようですが、当事者の人たちは、そういう映画を観たいわけじゃないんだと言ってましたよ。当然ですよね(笑)。今だったら『ハリー・ポッター』とか、やっぱり話題の映画じゃないとね。
 邦画に字幕を付けるケースは急激に増えてますけど、著作者の許諾があればできるんですよ。だけど、副音声は開発途上なので、ハードとソフトにお金がかかるし、まだ二の足を踏みますよね。今回は、提供各社の協力と劇場の快諾があっての実現でした。
 しかし、状況はどんどん変化しています。最近のシネコンはアメリカから入ってきますから、設備も付いてるし。アメリカは、情報に対するアクセス権が障害者にも保障されてますからね。また、エース・ジャパン(http://www.acejapan.or.jp/index-j.html)が年に一回開催している「映画上映ネットワーク会議」(http://www.acejapan.or.jp/artg/filmg/network/index.html)というものがあって、全国の映画祭、自治体、配給会社、ハード開発者などが集まる場ですが、去年は副音声について取り上げてくれました。私がうるさく言ったからね(笑)。その後、全国的に広がりを見せています。

Q: この試みが日常的なものになるには、どれくらいの時間がかかるでしょう。

A:  実用化される方向に向かっていると思います。車イスの人たちはどんどん外に出ていますし、聴覚障害者たちもファックスと携帯メールを駆使して外に出るようになったり、テレビドラマでも障害者がふつうに登場していたり、風景が変わってきていると思いますね。視覚障害者もこれからますます外に出るようになるでしょう。
 それと法制の問題ですが、昨年の夏、多くの人が集まる建築物にはバリアフリーの設備が義務付けられましたし、あとは副音声付上映に必要なハード装備のために助成金を出すようになれば早いように思います。
 日本には世界最先端の技術があるし、テレビにはすでに副音声が付いてますしね。知ってます? NHK朝の連ドラと火曜サスペンス劇場に付いてるの。NHKはボソーッと抑揚のない副音声で、火曜サスペンスはセカセカした感じで。副音声にもいろいろありますけど、『ラスト・プレゼント』のは評判よかったんですよ。
 昨年の夏から、副音声を一般に広め、ビジネスラインに乗せるための試行錯誤をしています。春ごろに『ラスト・プレゼント』と『ビヨンド・サイレンス』、それと『ザ・カップ 夢のアンテナ』を何回か特集上映してみようと思って。主に映画関係の企業とハードのメーカー、福祉担当者、教師などを対象に。ビジネスとして成立しないと今後につながっていきませんから。今回の試みをこのまま終わらせたくないですしね。
 法制化が整って助成金のシステムができれば、実現は早いと思います。そんなに時間はかからないんじゃないかしら。うん、手ごたえはありますよ。



 中野さんにお話を伺いながら思い出したのだが、三年ほど前になるだろうか、「みえない展覧会 Invisible Exhibition」という美術展に携わったことがあった。来場者は入り口で目隠しをされ、ガイド役のボランティアにつかまって解説を聞きながら、ひとつひとつの作品を鑑賞する。なにせ「みえない」ので、作品をさわったり、匂いを嗅いだり、音を聴いたりして、視覚以外の感覚で楽しむ。「みえない」ことで逆に「みえてくる」ものを発見してもらおうという試みだった。作品の制作者24名の中には、日本人も外国人も、障害者も健常者もいたが、その詳細についてはあえて明かさなかったので、ひとつの風景に種々雑多な人々が自然に混在しているという状況が生まれた。

 「みえない」存在だった人たちが「みえてくる」、「みえない」人たちにも「みえる」。中野さんが言うように、今回の副音声付上映は「風景を変える」試みに他ならない。買い物も美術展もお芝居も映画も、それを楽しみたい人が誰でも楽しめる社会の実現。中野さんが手ごたえを感じているとしたら、この試みが当たり前のようになる日は案外近いのかもしれない。



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