ミン・ビョンチョン
名前 漢字 ハングル |
ミン・ビョンチョン 閔丙天 민병천 |
性別 |
男 |
監督作品 |
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今までのSFX映画監督とは違い、助監督でなく、音楽情報番組やCMのプロデューサー出身の映画監督。既成世代とは異なる映像感覚を持つことから「映像新世代監督」と呼ばれる。
1969年、ソウル生まれ。14歳の時から8mmビデオで映像を撮り続け、韓国のジョージ・ルーカスを夢見て、SFX映画製作を志す。中学2年生のときには、イ・ヒョンセの漫画『地獄のリング』を読み、「私が映画監督になる時まで、映画化は待ってくれ」とイ・ヒョンセ本人に直訴したという逸話を持つ。
1988年に弘益大学視覚デザイン科に入学し、1995年に卒業。大学時代は1日に映画3本、漫画2冊をこなす毎日だったという。大学1年生だった1992年に障害者の富士山登頂を扱ったドキュメンタリー『2メートル余った』を演出。その年のSBS放送大賞ドキュメンタリー部門の大賞を受賞し、注目される。1993年に KBSの『地球村映像音楽』のプロデューサーを担当。1995年に製作した最初の35mm短編映画『モンゴリアン・フード』(シンシネ短編映画製作支援)は弘益映像祭演出賞を受賞した。
大学卒業後はシンシネに入り、ホラー映画『エレベーター』やSF映画『懐中都市』で監督デビューを目指すが、ミン・ビョンチョン本人や映画社側の事情で頓挫。しかし、1996年に演出した 015B のミュージックビデオ『21世紀モノリス』(シンシネ製作)はCGを始めとする特撮を駆使した作品で、当時大きな話題となり、その後、『白夜3.98』の特撮監督や『ユリョン』の監督として抜擢されるきっかけとなる。1997年、35mm SPACE A ミュージックビデオ『緋色の文字』,『唇』を演出。1998年、SBSドラマ『白夜3.98』の特撮監督を担当。エスカイアの CM 『ポートフォリオ』編なども演出している。
1999年、韓国初の潜水艦映画『ユリョン』で長編監督デビューし、その特撮技術や秀でた映像感覚が評価された。なお、『ユリョン』公開と同時期にSBSで放映されたドラマ『ゴースト』の演出も彼が担当している。
次回作は『ナチュラル・シティ』。
初版:1999/9/2
最新版:2001/9/27
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