チェ・ヤソン
名前 漢字 ハングル |
チェ・ヤソン 崔野星 최야성 |
性別 |
男 |
監督作品 |
1990 | ブラック・シティ |
1991 | 第3区域 |
ビーナスの夏の詩 |
1992 | 皆が殺したかった女 |
1997 | ロケットは発射された |
1998 | パパラッチ |
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カルト的映画マニアの支持を得ているゲリラ監督。実験映画を作り続けるちょっと変わり者の監督だが、それだけに彼を崇拝する熱狂的なファンもいる。1969年生まれ。1986年に映画界に入門し、1988年に明知大学社会教育院演劇映画科修了。若干20歳で『ブラック・シティ』を演出し、世界最年少映画監督としてデビュー。翌年、第2作『第3区域』を演出。第3作の『ビーナスの夏の詩』はメロ映画。1992年にイ・サンウ原作のベストセラー・ミステリー『皆が殺したかった女』を演出。1993年から軍務に就く。
彼の名前が有名になったのは、1997年に公開された『ロケットは発射された』がきっかけ。この映画で、韓国映画界の配給構造に抗議して史上初の「無料上映」を慣行。同年の月刊『ELLE』5月号「変革をリ―ドする韓国サイコ・イメージ・ベスト6」と月刊『マリ・クレール』11月号「韓国20文化攻撃者8人」の1名に選出され話題となる。
1998年に芸能界の虚実を暴くドキュメンタリータッチの作品『パパラッチ』を製作。この作品は(も?)配給の都合がつかず1999年4月に短期間公開されるにとどまった。
次回作として『チェ・ヤソン恋人と争う』を準備中。監督自身が主演し、劇中の恋人役も監督の実の恋人かつ女優であるナ・スギョン。
未公開作をインターネットで上映する事を目指し、2000年にインターネット・ベンチャー企業である(株)ムービーヤ・ドット・コム(www.movieya.com)を設立。社長に就任する。
2003年に『死ぬか、生きるか』を製作。
初版:1999
最新版:2003/3/14
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