サカモト: |
さて、この映画ですが、第一印象としてはポン・ジュノの傑作『殺人の追憶』の遺伝子を直接受け継いだ初めての作品。久々に大人の鑑賞に耐えうるサスペンスって感じの映画なんですけど、どうでしょう? |
サイゴウ: |
確かに『殺人の追憶』とよく似た雰囲気だけど、決してマネではないという点で直系オリジナルといえるかもしれないな。だけど、この手の韓国映画によくあるスタイルから脱することが出来なかった、とも解釈できるわけで、そういう意味ではワンパターン。 |
サカモト: |
でも、撮影や美術の出来は凄くよかったと思いますが。音楽の使い方も唐突ですが、光っていましたよ。 |
サイゴウ: |
平均的な韓国映画と比較すればそうなんだけど、俺としては「また、これ?」って感じの方が強かったな。「これが伝統の韓国式フィルムノワールだ」っていわれたら何もいえないんだけどさ。
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サカモト: |
この作品が、これまでの似たような韓国式サスペンス群と一番違っていた点は、最初から犯人が誰か明確に提示されていた、ということでしょうね。こういう「刑事コロンボ式」って韓国映画としては珍しいと思います。 |
サイゴウ: |
韓国ではここ数年、ネタをひねりすぎて訳の分らないサスペンス映画を山のように作っていたわけだから、『チェイサー』がそうしたマンネリ打破として登場したのは、当然の帰結じゃないか? でも、ちょっと遅すぎたような気もするな。もちろん、韓国のクリエイターたちとしては、早くなんとかしたい気持ちはあっただろうし、この映画からもそのことは観る側へ伝わっては来る。でも、今までの作品群を全て押しのけて絶賛するほど、この『チェイサー』が格段に秀でていたとは思わなかったよ。だから、俺の評価としては中の上という感じだな。やっぱり比較してしまうと『殺人の追憶』の方が遥かに完成度が高い。 |
サカモト: |
でも、新人の長編としてはかなり出来がいいですよ。スタッフやキャストの力量に負う部分を多く感じたのも否定できませんけど。この『チェイサー』を観て、何かどこか物足りないと感じてしまう大きな理由は、そこら辺なんですかね? 『殺人の追憶』は監督の技量というものが溢れんばかりに出ていましたから。 |
サイゴウ: |
具体的な問題として、狭い舞台の中にちょっと無駄に話を詰め込みすぎて散漫な印象が強かったし、映画的な拡がりにも欠けていた。エピソードの幾つかは切ってもよかったんじゃないかなぁ。 |
サカモト: |
狭い舞台にネタを詰め込みすぎたという点では同感ですが、それを差し引いても映画的トリックより、俳優の演技から生まれるエモーションを重視した映画である、という点ではやはり高く評価したいですね。 |
サイゴウ: |
でも、このネタで上映123分はやっぱり長過ぎるよ。退屈感は全く無いけど、やっぱり余計なドラマが緊張感を削いだ印象は変わらない。
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サカモト: |
うーん。では、サスペンスとしての仕掛けはどうでした? 私はジュンホがヨンミンをひっ捕まえるくだりは、やっぱり偶然の連続って感じで、反則のような気がしたんですが。 |
サイゴウ: |
それは、ヨンミンが真犯人か否か、観客は最初からわかっているシナリオだから、多少強引でも早々にヨンミンを監禁された状況にせざるをえなかったんだろうな。作り手として自ら足かせを架した、きわどい挑戦だったことは評価したいけど、結局、事件を解決する原動力が「元刑事の勘と正義」に見えなくもないから「ご都合主義」と、とられても仕方ないだろうね。そこら辺は俳優たちの魅力でかなり回避されてはいたけれど。 |
サカモト: |
まずは、この『チェイサー』。今までの韓国的サスペンスの呪いから離れて、「トリックよりも事件に関わる人々を描くことにこだわった作品」と解釈しておきましょうよ。ところで、出演者はどうでした? 皆、熱演だったと思うのですが。
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サイゴウ: |
予告編を観た時、主演がキム・ユンソクだったことは正直びっくらこいた。彼は一流の演技者だが、果たして主演やって興行的に大丈夫か?って。裏を返せば、それだけこの映画が意欲的な企画だったんだろうけど。 |
サカモト: |
でも、彼は主演として十分以上に働いていたと思いますよ。こんなに役者として華があるとは予想できなかったし。 |
サイゴウ: |
それはいえるな。 |
サカモト: |
犯人役のハ・ジョンウはどうでした? 今回、彼の方がマスコミの扱いが大きかったような。 |
サイゴウ: |
世間ウケでいけば、どうしてもそうなるだろうね。彼はそこそこの人気役者だから。だけど今回、悪くは無いが良くも無しといったところ。 |
サカモト: |
自分は、ハ・ジョンウがこういう役をいずれ演じることは想像できたから、ぜんぜん驚きなしという点で、ちょっとおもしろくなかったです。彼がよい俳優である事は疑いませんけど。 |
サイゴウ: |
猟奇的キャラということならば、既に『九尾狐家族』で演じていたよ。 |
サカモト: |
あれは人間じゃないですよ。 |
サイゴウ: |
それだったら他に誰かいるか? |
サカモト: |
たとえばチェ・ソンググとか。 |
サイゴウ: |
そりゃあ、ありえない。でもそういう試みが出来ないところもまた、やっぱり今の韓国映画の弱みなのかもしれないね。
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サカモト: |
かわいそうなデリヘル嬢演じたソ・ヨンヒ。今までとちょっと演技スタイルが違っていたと思いましたけど、どうです? |
サイゴウ: |
今回も「かわいそうな若い女性」の役だったから、「またぁ?」という印象の方が強かった。 |
サカモト: |
そこら辺もワンパターンな配役ですか。他に気になった人はいました? |
サイゴウ: |
主人公にあごでこき使われるデリヘル事務所のおにいちゃん。 |
サカモト: |
あ、あのボウズ頭のあんちゃんですね。それはいえる。なんかリアルで印象に残るキャラクターでしたよね。 |
サイゴウ: |
彼がこの『チェイサー』のリアリズムに最も貢献していた俳優だったかもよ。 |
サカモト: |
でも、彼って、なんていう役者なのか全然資料にないんですよね。 |
サイゴウ: |
まだ無名なんだろう。でも、次のチャンスを是非とも掴んで、のし上がって欲しいと思ったね。 |
サカモト: |
キム・ギドクの映画とか、なんか似合いそうです。
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サカモト: |
惜しい! この映画、実に惜しい作品でした! |
サイゴウ: |
傑作・秀作まであと5、6歩って感じだね。ただ、古今東西の傑作や巨匠の作品に共通する、どこか壊れた感じであるとか過剰エネルギーがギンギラギンという感覚にはほど遠い作風だから、予算的・技術的な問題というよりも残念ながら肝心の映画的才能から来たイマイチだったのかもよ。 |
サカモト: |
でも最近のインディーズ系作品では断トツの正統派作品だと思います。安定した映像に落ち着いた演出、現実と幻想の程よいまざり具合と、いたるところにイ・チャンドンと共通するセンスを感じた作品でした。デジカメ撮りでなければ、俳優が無名でなければ、製作費がもっとあれば… 是非フィルムで撮らせてあげたかったなあ。 |
サイゴウ: |
ヘンな前衛主義に走らず、あくまでもリアリズムに忠実な演出の姿勢はたしかに今の韓国インディーズでは貴重な存在になりそうな気もする。主人公は地下鉄の運転手という、きわめて真っ当で普通のサラリーマンであり、地下鉄という存在もこれまたきわめて日常的だ。だけど、これらは狭い視点であって、ちょっと見かたをズラせば実は異様な世界なのかもしれない、そういうところが描けていたことは優れていたと思うよ。ただ、主人公が立て続けに色々な事件に巻き込まれすぎだとは思ったが。 |
サカモト: |
主人公の行方不明になった弟が廃坑に惹かれて、自殺だかなんだかわからない死を遂げている、というエピソードは主人公が地下鉄を運転して暮らすことの非日常性をとても強く印象づけていましたね。こういった比喩は、わざとらしくなりがちなんですけど、主人公の人生に絡めることで「日常から遊離してしまった日常」というべきものが見事に描けていたんじゃありません? |
サイゴウ: |
むむむ… 難しい理屈づけだな。そいうこと以外にも俳優たちも悪くなかった。でも、演技は堅実なんだけど深みがないというか表面的というか魅力はなかったなあ。そのこともまた、この映画を傑作にしなかった理由だと思うが。 |
サカモト: |
そこらへん、ソ・ミョンス監督の技量の問題なのか、ギャラの安い俳優たちの問題なのか、判然としないのが歯がゆいのですけど、ぜひ次回作も撮って欲しい監督ですね。 |
サイゴウ: |
もうちょっと予算をかけて、という前提ありだけどな。 |
サカモト: |
このままインディーズ系で煮えきらない作品を作り続けるのも映画監督として生き残る方法ですが、どこかの会社がメジャーで撮らせて欲しいですね。「第二のイ・チャンドン出現か!?」ってコピーで。 |
サイゴウ: |
それはちょっとホメ過ぎだよ。でも、今後期待していい新星の登場かもしれないな。デジタル・エフェクトに依存しない幻想性というところもいいね。最後のイメージは素晴らしかったと思うよ。
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