Review 『おまえを逮捕する』『僕は彼女をはなさない』 『恋愛、その堪えがたい軽さ』『後悔なんてしない』
Text by カツヲうどん
2007/4/8
『おまえを逮捕する』(再掲)
原題:強力3班
2005年執筆原稿
この作品の原題は『強力3班』ですが、さて、この「強力班」とは何を意味するのでしょう? 映画『スカーレットレター』でハン・ソッキュが演じた主人公も、警察の強力班に所属する刑事でした。そんな訳で韓国の友人に問い合わせたところ、「凶悪犯を専門に捜査する部署である」という答えが返ってきました。つまり「重犯罪捜査課」といったところでしょう。
画像提供:メディアファクトリー
この『おまえを逮捕する』でも、主人公たちは麻薬犯罪や殺人などの捜査を手がける仕事をしていますが、他班に比べて業績が悪く、吹き溜まりのような部署になっています。でも、そんな人間的な部分が、この映画に他のアクション映画とは違った魅力を付加したようです。古臭いスタイルに、A級のスター不在、凡庸なシナリオと、巷の話題にはならない作品ですが、逆に個性豊かな脇役で固めたキャスティングが、意外な面白さを醸し出していて、最初から最後まで、観る者を飽きさせません。かつて、日本でたくさん作られていた刑事ドラマの味わいに似たものを持っていて、私は、往年の名作テレビ・ドラマ『太陽にほえろ!』を連想しました。つまりこの『おまえを逮捕する』という作品は、アクション映画というよりも、警察ドラマと形容した方がふさわしい作品になっているのです。
警察という組織は、どこの国でも部署内での結束が強く、家族的な関係になるようですが、そこは情の国、韓国のこと、映画は熱い情のドラマから成り立っています。この作品の見所は、ユク班長(チャン・ハンソン)を父親とすれば、長男としてムン刑事(ホ・ジュノ)、次男としてキム刑事(キム・ミンジュン)、三男のオ・ジェチョル刑事(キム・テウク)、末っ子の妹としてヘリョン巡査(ナム・サンミ)の一家に、居候の怪優ユ・ヘジンが絡んで一騒動といった、いわば「韓国警察版サザエさん」ともいうべき、家族ドラマの面白さでしょう。
画像提供:メディアファクトリー
悪玉連中がステレオタイプで、全然魅力がないことは大きな欠点ですが(ただし名脇役アン・ネサンの極悪人ぶりは見物かも)、若手刑事が大活躍というよりも、閑職の立場にあるベテラン警察官が、血気盛んだけれども人生経験の浅い若い後輩たちを上手にリードしてゆく様子は、若い観客にも年齢の高い観客にも受け入れやすいと思います。
この作品、韓国映画業界内の力関係か、トップスターを主演に据えることは出来なかったのかもしれませんが、そのことが結果的には脇役スターたちの魅力を引き出しました。そういう点では韓国のスターシステムに対する、ひとつの提案かもしれません。「スター」というものは、やはり発見してゆくものであり、宣伝や流行で支持してゆくものではない、ということです。
この『おまえを逮捕する』は、とても大ヒットする類いの作品でありませんし、どちらかといえば地味で華のない映画かもしれませんが、2005年度韓国映画における「拾い物」として評価したい作品ですね。
『僕は彼女をはなさない』
原題:ショー・ショー・ショー
2003年執筆原稿
1970年代から1980年代を舞台にした回顧ものといえば、ここ最近の韓国映画の流行であり、うんざりしている日本のファンも多いと思う。私もそんな一人であるが、この『僕は彼女をはなさない』は期待をしなかった分だけ良い意味で予想を裏切られた好編だ。
監督のキム・ジョンホは、ダテに長い間、映画界にいた訳ではなく、巧みなカメラワークで巧妙に物語を進めてゆく。また、1970年代風俗の、なさけなさ、ダサさをデフォルメすることで、独特の味と世界観を打ち出す事に成功している。特に衣装は「時代を忠実に」というよりも演出側が確信犯的に飛躍した遊びを取り入れたようで、観ていてとても楽しい見所の一つだ。
一見明るくふざけているような話でも、当時の社会的な息苦しさや窮屈な足かせが、ほのかだが、きちんと描かれてもいて、国歌斉唱や夜間外出禁止の様子など、今までは辛く陰鬱な過去の象徴としてしか描かれていなかったものを、皮肉いっぱいに笑い飛ばしている事が今の韓国映画らしくて印象深い。また、広角を多用したカットの連続もシュールな映像を作りあげている。
基本的には集団劇であり、主要人物はかなり多いが、皆地味ながらも、きちんと描き分けてあり混乱は少ない。あえて有名なスターを起用しなかったところは、キム・ジョンホの演出家としての計算を感じさせる(というか、お金が無かっただけかもしれないが)。ヒロイン、ユニを演じたパク・ソニョンは、今までの映画出演作の中で一番いい味を出している。彼女が本当のスターになることは難しいかもしれないが、今までの出演作のように、やけに固くて浮いている感じが今回はかなり改善されている。サンヘを演じたユ・ジュンサンも地味な俳優だが、素朴で明るい青年を好演している。この変哲の無さこそが監督の狙いだったのだろう。彼といつもつるんでいる友人サンチョル役のイ・ソンギュンとドンニョン役のアン・ジェファンも三枚目の割には地味で、大げさ過ぎないところが普通っぽく好感が持てるし、彼らとライバル関係になるチンピラ一味も芸達者な上、キャラも丁度良く立っていて、互いの対比ぶりが映画を面白くしている。廃屋同然の酒屋に小犬と住み着いていた浮浪者の少女ギョンアを演じたチェ・ボウンは奇妙なキャラの持ち主だが、途中から、あまり目立たなくなるのが残念である。
この『僕は彼女をはなさない』は、あまり一般の関心を引くような作品ではないし、先に述べたように食傷気味のジャンルであるため、刺激を求める観客層に明らかに受けない映画ではあるが、かなり楽しめる作品に仕上がっている。2003年度の拾い物として、お勧めしたい作品だ。
『恋愛、その堪えがたい軽さ』
2006年執筆原稿
この映画が始まってからすぐ「なんか変だなぁ…」という違和感を感じました。映画を構成しているパーツが全て微妙にズレていて、反り合わない感じがするのです。
まず、演出スタイルと映画内容のズレ。キム・ヘゴン監督の視点は、ぐにゃぐにゃと絡み合ったリアルな人間像を目指していたのでしょう。生活臭溢れる描写に、何一つ格好よくない登場人物と、メロドラマの形を取りながらも日常スケッチにこだわっていたように思えます。でも、出てくる連中には全く説得力がありません。いい歳をしたオッサンたちが皆無職。昼間から博打だ、酒だ、とダラダラな毎日。会社からお金を盗んで遊んでも誰もとがめないし、どういうわけだか堅気なお見合い話もまとまったりと、なんだかヘンです。
日本でフリーターの生活を描こうとしたら、ここまで、でたらめに描くことは不可能でしょう。でも、この映画は韓国のフリーターを描いた訳でもないようで、お話のメインはどうやら、かつて韓国映画でおなじみだった「ホステス物」。昔とは違って、下流生活をしていても皆、お気楽極楽。勝手気ままな人生を送れることは結構ですが、「俺たちって豊かなんだぜ」という自慢なのでしょうか。
サロンで働く女性たちも、単なる怠け者、主体性欠如の女性たちばかり。水商売の女性たちが何かを背負った人ばかり、という見方は偏見に満ちた物言いかもしれませんが、この作品には「水商売=悲惨=でも前向きに生きよう」という暗黙のご了解が見え隠れします。たまたま若い韓国人女性とこの映画についての感想を話し合う機会があったのですが、「女性として非常に不愉快」とのお話。でも、それは男性たちも同じはず。
ラストの救いようのなさは、唯一印象に残るシーンだったのですが、本編がトホホなので、多くの人にとっては不愉快なだけでしょう。どうせホステス物をやるのだったら、思い切ってコメディ・タッチで描けば、まだ納得できたのですが、そこまで行くには演出も脚本も真面目すぎだし、主役のキム・スンウとチャン・ジニョンも、明らかにミスキャスト。主な登場人物の中で唯一まともだったのが、悪役を振られたサロン経営者(キム・サンホ)だけだった、というのは、この映画に対する皮肉のようでした。
『後悔なんてしない』
原題:後悔しない
2007年執筆原稿
近年、ゲイの生き様を描いた韓国映画といえば、俳優ファン・ジョンミンの存在を一躍知らしめた『ロードムービー』がありますが、本作『後悔なんてしない』は、同性愛を日常的な部分でより深く掘り下げようとした作品です。『ロードムービー』の場合、社会的アウトサイダーの彷徨と悲劇的な生き様を描くことの方が主題であったことは否めませんでしたが、この『後悔なんてしない』はもっと単刀直入に、韓国・ソウル(つまり韓国で最も自由で先進的な生活が送れるはずの場所)で同性愛の男性たちが生きてゆくことの苦悩を赤裸に描いています。
画像提供:ツイン
これは韓国映画では稀なことであり、日本では今だ美しいステレオ・イメージで語られがちな韓国社会のリアリズムというものを、きちんと代弁出来た映画といってもいいでしょう。ゲイを肯定するとか否定するとか、そういうことではなくて、人の複雑さ、多様さというものは日本も韓国もたいして変わらないということを『後悔なんてしない』はきちんと描いているのです。
主人公スミン(イ・ヨンフン)は親のない貧しい下層階級の青年ゆえ、己のゲイであるというパーソナリティを否が応でも使っていかないと暮らしていけないことに比べ、彼と恋に落ちるジェミン(イ・ハン)は、将来社長の座を約束されたお坊ちゃま。ゲイであることをカミングアウトすれば社会的地位を失う立場にあります。それは韓国映画全体の共通したテーマでもある「階級闘争」を反映してもいるのです。
画像提供:ツイン
監督のイ=ソン・ヒイル(*)が描く人間ドラマはとにかく執拗、時にはうんざりするほどですが、このこだわりは商業主義とは無縁な独立系作品だからでこそ出来た表現であって、これからも彼にはメジャーとは一線を画した領域で活躍してほしいものです。特にラストは終わりそうで終わらなくて、人によってはイライラするでしょうが、生きるか死ぬかの瀬戸際でこそ人間は正直になれることを象徴した結末は、多くの人々にとって印象に残る名シーンだったことでしょう。
(*)「李」と「宋」、両親が持つ家族名を統一して「イ=ソン」と表記。
また、本作は詩情性にも溢れていて、ゲイ仲間を心無い殺人で失ったスミンが、漢江に掛かる橋の上で走行中の車から遺灰を撒くシーンは圧巻です。ちなみに私がこの作品を観たのは既に一般上映を終えた後。年末恒例のハイパーテック・ナダにおけるアート系プログラムが組まれた時に観たのですが、会場は若い女性観客で満席状態。正直いって驚きました。上映後、監督と俳優が舞台挨拶に来るというサプライズ企画も組まれていて、とっても得をした気分になりましたが、女性観客の熱気に比べて男性観客の姿があまりにも少なく(ゲイ・カップルらしき人たちが堂々と来ていたことも普通の劇場では異例のことかも)、元気も無くで、ちょっと、なさけなくなりました。映画とは関係ありませんけど…(笑)
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