Review 『ナンパの定石』『6月の日記』 『盗られてたまるか』『リザレクション』
Text by カツヲうどん
2006/2/4
『ナンパの定石』 ★★
「恋愛することが恋愛の目的」、そんな虚無の駆け引きを描いたコメディが、この『ナンパの定石』です。
ヒロインのジウォン(ソン・イェジン)は一応、社長ですが、パトロン付き雇われ社長なので責任感ゼロ、退屈な毎日を過ごしています。彼女が夢中になっているのは、セレブな男を誘惑し落とすことで、狙った獲物を陥落させると、次を探して物色といった小悪魔ぶり。そんな彼女が出会った医者のミンジュン(ソン・イルグク)は、初めて彼女の計算通りに行かない百戦練磨のゲームの達人。お互い、出会った瞬間からゲーム相手としてのライバル意識が燃え上がり、騙しだまされの恋愛ゲームが始まります。
恋愛が単なる戦略ゲームでしかなくなってしまった裕福な男女への皮肉とも取れる内容ですが、はっきりいって物語はありません。強引に解釈しようとすれば、「恋愛」というものが実は無慈悲な記号でしかない、それにロマンを求めるのは唯物論的に観れば空しいという哲学的な暗喩にもとれますが、私の場合は「韓国も、本当に豊かになって余裕が出てきたんだなぁ」という感想だけ(笑)。
本作の見所はヒロイン、ジウォンを演じたソン・イェジンでしょう。いかにもぶりっこで、したたかなヒロインを、本当に上手に演じています。その三枚目ぶりは徹していて、キム・ジョンウンのそれを遥かに凌ぐうまさ。私は彼女のことを「韓国映画最後の希望」と勝手に言っているのですが、その計算されたわざとらしさは、やっぱり、その印象を裏付けてくれるものでした。『私の頭の中の消しゴム』や『四月の雪』とは全く違う、驚異的なキャラクター作りはファンなら必見でしょう。
また、この映画はフェミニズム映画と言えるかも知れません。いくら一部の方々が「韓国は男尊女卑である」と唾を飛ばして主張しようとも、選ぶのは男の方ではなく女の方である、という現実を、この『ナンパの定石』は、切実に描いているからです。
『6月の日記』 ★★★
まず、この作品を紹介する前にひとつ断っておかなければならないことがあります。それは、あえてネタばれをさせてもらう、ということです。なぜなら、そうでないと、この作品のことを伝えられないですし、また、この映画の描きたかったこと、それはミステリーではなかったと考えるからです。
さて、この『6月の日記』は、中学生を狙った連続猟奇殺人を描いたサスペンスですが、映画として総合的に観た場合、シリアスな部分とコミカルな部分の書き分けが全くダメで、ところどころ冴えたところもありますが、はっきりいって、よくありません。監督のイム・ギョンスは『盗られてたまるか』という駄作コメディでデビューした監督ですが、今回も前作の名誉挽回には程遠い出来映えです。問題は、二人の刑事の描写が、『トゥー・カップス』以降描かれ続けた、お約束通りのギャグ的性格付けになっている、ということで、スリリングなオープニングから並行して描かれる二人の刑事、ジャヨン(シン・ウンギョン)とドンウク(ムン・ジョンヒョク)の安っぽい描写が、せっかくの期待を全てぶち壊します。シン・ウンギョン演じた女刑事ジャヨンは「組暴の女房(=花嫁はギャングスター)・デカ」そのもので、こんなヒロイン像に、果たして本人は納得していたのでしょうか。エリックことムン・ジョンヒョク演じたドンウクも、とても三枚目が似合うキャラではありません。たぶん、彼は癖の強い悪役が似合うと思うのですが、今の韓国ではそういう配役は望めないのでしょう。
そんな誉められない本作ですが、相反することに、私はとても感動した作品でもあったのです。それは、コ・ジョンウンが中心になって書いたシナリオが「いじめ(=ワンタ)」問題を、明確に強く訴えていたからなのです。そのためでしょうか、映画はかなり早い時点で犯人が割れ、動機も明らかになります。また、ヒロインと犯人がかつて幼なじみであったという点も、シナリオが謎解きよりも、犯人の苦悩を描くことにあったことの証といえるでしょう。そこからは「いじめ(=ワンタ)」問題への焦燥を訴えようとする作者の意思がとても切実に伝わってきて、映画の出来とは別に、とても心を打たれました。脚色には『僕が9歳だったころ』の脚本家イ・マニも加わっていますが、家族関係を描く上で、かなり貢献していたのではないでしょうか。
いじめの末、息子を死に追いやった同級生たちを犯人は一人一人狩るように殺害して行きます。被害者がカプセルに入った日記の断片を飲まされていたことから、事件は猟奇性を帯びますが、やがてその日記が犯人の自殺した息子が残した恨みつらみの日記であり、彼が学校で凄惨ないじめを受けていた様子が明らかになるにつれて、警察側の人間たちも顔色を失って行きます。そして、真の加害者たる中学生たちの幼なさは、観る側をやりきれない思いにさせるのです。
映画の雰囲気は、被害者たちが加害者でもあることがはっきりした時点でガラリとかわり、シリアスな社会ドラマへと変貌し、事件が解決してからも、物語は過去に戻ってしばらく続きます。そこで描かれるのは、息子を救えなかった犯人の悲しみと苦しみ。そして犯人の家庭が一番幸せだった頃のスナップを映して幕を閉じるのですが、私はこのシーンに言葉を失ってしまいました。
この『6月の日記』は、話の良さが際立っており、本当に惜しい企画といえます。もし日本でリメイク出来るのであれば、阪本順治監督にぜひ手がけていただきたいですね。そうすれば、きっと一層すぐれた映画が生まれるでしょう。また、岩代太郎の音楽も映画をかなり救っていたことも付け加えておきたいと思います。
『盗られてたまるか』 ★★
泥棒に入る側と入られる側の、プライドを賭けた攻防戦を描いたコメディだが、製作側がつまらないスタイルばかりを求めたため、全く笑えない退屈な出来となった。
盗むことよりも、侵入する事にこだわる二枚目の企業家兼泥棒、ガンジョを演じるソ・ジソプは、ルックスはいいのだが、まだまだ俳優としての鍛練が不足している。ガンジョ役は、本当ならルパン三世のような、痛快な愉快犯であるべきなのだが、彼の泥棒行為は、俳優の魅力の無さも手伝って、金持ちの嫌味な趣味にしか見えない。自慢の一戸建てを守る事に全力を尽くす小役人、サンテ役のパク・サンミョンは、この映画が製作された頃はすっかり売れっ子になっており、とうとう主演を張るようになってしまった。だが、彼の個性は脇役でこそ太陽のように輝くのであって、今回は、あまりいい仕事をしているとは思えない。彼に護衛術を指南するガリガリの武道家パク・クァンジョンは、いい味を出してはいるが、いつもの端役に過ぎない。ソン・ソンミ演じるサンテの妻、マリ役はマネキンそのもので、これはこれでいいのだが、その二人の子供たちは、もっともっと面白く出来たであろう可能性が、その数百歩手前で停止してしまったようだ。
映像は無駄に凝っている。そして、フルCGIの恐竜や『M:I-2』のパロディなど、作品の基幹から離れている部分に予算を使いすぎである。見せ場の一つである要塞化したサンテの家も、なんだかイルサン市の郊外によくある、おしゃれなレストランの装飾を連想させ、殺伐とした緊張感がない。
この映画が失敗した最大の要因は、実写映画の中に、アニメやマンガの表現手法を、そのまま持ち込んでしまった事だろう。アニメやマンガの感覚をそのまま無理やり持ち込んでも、陳腐になるだけであることを、製作側は未だに気がつかないのだろうか。この『盗られてたまるか』は、表面的な形と安易な記号ばかり揃えても、ろくなことにならないという、悪い見本になってしまったようだ。
『リザレクション』 ★★★★
冒頭こそチャン・ソヌのタッチ丸出しの演出だが、きちんと娯楽作になっていることを評価したい映画である。一見、映画『マトリックス』のようだが、物語は、かつてのディズニー作品『トロン』の韓国版と形容した方がしっくり来る内容だ。ヴィジュアル的には既に過去の物になってしまっており、最新の感覚を期待して行くと絶対に裏切られるし、現在のインターネット・ゲームに熱中している二十代以下の世代にとっては、この映画はあまりにもダサくて古臭く感じられるに違いない。しかし、ゲーム世界の秩序を現実世界に移し変えてシミュレートすると、どういう事になるのか?という「視点の逆転」が図れるなら、韓国映画界の異端児チャン・ソヌの「嫌味たっぷりの愉快な世界」が明らかになってくるだろう。
「マッチ売りの少女」を演じるイム・ウンギョンは、TTLのCMデビュー当時より、明らかに成長しすぎてしまい、イ・ヨンエを縦に伸ばしたような奇妙なルックスになってしまったが、きちんと象徴的なキャラクターを体現している。彼女が、暴走する殺戮マシーンに変貌していく様子は、製作側のネット・ゲームおよびTVゲームに対する問題提起がはっきり出ている。主人公チュを演じたキム・ヒョンソンは地味だが、親しみのある三枚目ぶりが逆にいい。貧しい店員という現実と、ヒーローに成長していくゲーム世界とのギャップを説得力のあるものにしており、最も比較されるであろう映画『マトリックス』と本作品の性格付けの差別化にも貢献している。
そして、裏の主役ともいえるのが、謎のおばさんララを演じたチン・シンだ。あまりにもひどい服装センスと間抜けなBGM、派手な立ち回りが、彼女のアクション・シーンを、個性的で見応えのあるものにしている。ここら辺は、監督の作家性がよく出ている部分である。ちなみに、このチン・シンだが、南の母と北の父を両親に持つ中国籍の朝鮮族で、本職は現代舞踊家。元々は男性で1995年に性転換した変わり種だ。朝鮮族かつ性転換者という、韓国社会におけるアウトサイダーの極みとも言える俳優を重要な配役に据えるとは、いかにもチャン・ソヌらしい。なお、チン・シンは第1回(2000)全州国際映画祭で製作されたデジタル三人三色のうち、チャン・ユアン(張元)が監督した『Jin Xing Files』でもヒロインを演じている。
アクション演出は、いつもの韓国式ワン・パターンだが、実銃を市内で使える強みは明白で、暴力シーンに絶大な効果を出している。ワイヤーワークは、マンネリで固い感じはするものの、演出の工夫もあってか、それなりに新しい感じにはなっている。VFXには、かなりの労力が注がれている。だが、かなり作りが荒く、日本やハリウッドの物に、仕上がり・センスとも遠く及ばない。しかし、日本のような馬鹿丁寧な仕上がりでは生まれてこないパワーは感じられる出来にはなっている。撮影はフィックス中心のカメラワークで、躍動感に欠け、もう一工夫欲しかった。そういう点では、日本のアクション映画に似た感じだ。
この映画において、一番個性を特徴付けているのは音楽だろう。『LIES/嘘』でもおなじみの、奇天烈なリミックスが面白い。だがサントラCDは、そこら辺をちゃんと網羅しておらず、残念である。
この『リザレクション』は、「バーチャル・リアリティ」とか「ネット・ゲーム」という表向きの流行の記号に惑わされると、とてもではないが、のれないチンケ作品だ。だが、それらの言葉から離れることが出来れば、色々な読み方の出来る楽しい映画でもあり、まさに、現代の韓国でしか作り得ない、個性溢れるファンタジーである。
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