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Review 『トンケの蒼い空』
『チャンピオン』『お母さん』『大胆な家族』

Text by カツヲうどん
2005/11/5


『トンケの蒼い空』 ★★★★

 小粒で地味な作品だが、クァク・キョンテク監督の郷土愛に溢れた好編だ。ここ2〜3年、韓国の地方を舞台に据えた映画が多く製作されるようになったが、単に地方で撮っただけ、とか、単に台詞がなまっているだけ、といった作品が目立っていた様に思う。だが、この『トンケの蒼い空』は、そういった作品とは趣が異なり、地方で暮らす人々の生活を、濃く描く事に成功している。

 そこで描かれる生活は、決して特殊ではないけれども、失われつつある濃い人間関係であり、それを支えている伝統的な暮らしであり、ソウル辺りの生活では希少になっている事柄なのだ。それらは、極めて泥臭くドメステックだが、クァク・キョンテク監督は、洗練された演出と美しい映像で、観る者をサラリと楽しませてくれる。だから、この作品を観た多くの日本人は、随所に描かれた生活のスケッチに、きっとどこかに昔の懐かしい日々を想い起こす事だろう。

 主役のチョン・ウソン演じるチョルミンは、今まで彼が演じてきたハードな役柄とはかなり異なる個性的なキャラクターだ。しかし、決して違和感は無く、そこにチョン・ウソンの新しい魅力を見出すことが出来るだろうと思う。男気はあるけれど、少し頭が足りなくて、人はいいけど、ボケている、着ているのはいつも同じシャツにジャージと、一見みっともないけれど、どこにでも居そうな田舎の兄ちゃんを好演している。

 チョルミンの父親を演じたキム・ガプスは、この『トンケの蒼い空』で演じたような、一つ前の韓国人男性を演じさせると、本当にピカイチである。本来の彼は、思慮深く、寡黙な人物なのかもしれないが、頑固で、短気で、寛容な、田舎臭い魅力的な中年男性像を、これからも、どんどん演じてほしいと切に願ってしまう。彼ら以外は、これといって著名な俳優はいないものの、それがまた、この映画の良さに繋がっている。

 この映画を観て強く感じたのは、クァク・キョンテクの作家性とは、こういった小粒な作品でこそ、活かせるのではないか、という事であり、今までの『友へ/チング 』や『チャンピオン』は、実は異端の作品ではなかったのではないか、という事である。

 まさに、人情喜劇という形容が相応しい、心優しき映画である。


『チャンピオン』 ★★★★★

 この映画は泥臭く、汗臭く、少しもおしゃれではなく、わくわくドキドキするようなアクションでもない。だが、結末は悲劇であっても、さわやか、といってもいいくらいの、美しい感動的な作品だ。

 伝説のボクサー、キム・ドゥックの最後の試合は、一定世代の韓国人であれば、みな観ているといっても過言ではない。だが、この『チャンピオン』は、彼が主人公ではあるけれど、彼の伝記では決してなく、あくまでも当時の人々の生き様の象徴として、キム・ドゥックを描いた作品なのである。

 劇中、ジムの会長がドゥックに問う。

 「なぜ、おまえはボクサーになったんだ?」

 私はここでの問答に、すべてのテーマが集約されていると思った。そう、お金もコネも学歴も無い人間が勝ち組になるには、彼らのように「体」だけを武器にして、のし上がるしかないのだ。

 ジムの会長も純粋だ。彼はいつも謙虚で、決してお金のために試合をやらせない。彼らの姿を青臭いと言ってしまえばそれまでだが、私は改めて、深い穴の底につき落とされてしまったような感動を覚えてしまったのである。

 主演のユ・オソンについては、今更語る事はないだろう。『チャンピオン』での彼は、素晴らしいの一言に尽きる。伝説のボクサーが、等身大の人間に降りてこられたのは、彼の存在に負うところが非常に大きい。ドゥックが国内でチャンピオンの座をつかんだ時、シャワー室で歌いながら、独り、さめざめと涙を流すシーンの、あまりの厳粛さと見事さに、私は唸ってしまったくらいだ。

 ホン・ギョンピョ率いる撮影チームの仕事も美しく荘厳だ。アメリカ式の映像スタイルが、韓国で独自に花開いた事を、日本側はもっと知るべきだろう。

 この『チャンピオン』は、韓国では残念ながら興行的に失敗してしまったが、その大きな理由の一つに、ボクシングを扱った作品であった事があると思う。劇中のプロ・ボクシングは、まさに娯楽とサクセス・ストーリーの王道といった感があったが、日本でも韓国でも、今は遠い昔の話となってしまった。映画を観終わると、その著しい落差を改めて気付かされてしまう。

 キム・ドゥックの人生や、ボクシングそのものに関心の強い方にとっては、この『チャンピオン』は期待外れの映画かもしれないが、我々の多くが忘れてしまった事、忘れてはいけない事を、気付かせてくれる映画でもある。騙されたと思って、大勢の方々に観て欲しい、素敵な素敵な作品である。


『お母さん』 ★★★

 全羅道の田舎町ヘナムで暮らすオンマ(=お母さん)は、若いときから黙々と働き続け、愚痴一ついわずに子供たちを育て上げた。夫(韓国ドラマでおなじみのハ・ジェヨン)に先立たれて久しいが、今はそれなりに充実した老後を送っている。だが、彼女は遠くない未来にやってくるだろう、自分の死をどこか感じ始めていた。ある日、末娘の結婚が決まり、木浦で式が行われることが決まったものの、大問題が持ち上がる。オンマは乗り物に一切乗れないのだ。いい考えが浮かばず、頭を抱える子供たちに、彼女は結婚式場まで歩いて行くことを提案する。子供たちの付添いのもと、オンマの人生最大の冒険は始まった・・・

 この作品は、アイドル・スターの不在、無名の監督、低予算と、通常の商業作品とは一見異なるようだが、地味ながらもそれなりに有名なキャスティング、娯楽性の高い物語と、非商業性と商業性の両立を狙ったといえる映画だ。大きな特徴の一つは、まるで1970年代の韓国映画を観ているような古いタッチだろう。これは逆説的に考えると、昔の韓国映画の製作条件がいかに恵まれていなかったか、ということに対する検証のようでもあり、韓国映画とは、従来こういうタッチなのだった、ということにも改めて気づかされる。

 物語は、娯楽性に富んでおり、また、ロード・ムービーであることが、映画に強い力を与えており、低予算作品としてはアイディア賞ものだろう。狂言回しとして登場する案山子男の存在も、独特の死生観がよく出ているし、旅行きの行く末も、決してハッピーではないが、感動的だ。

 オンマを演じる主演のコ・ドゥシムは韓国の名女優の一人であり、『初恋のアルバム〜人魚姫のいた島〜』での演技が記憶に新しいが、今回は老けメイクがうまくなく、田舎のオンマに見えない事が問題。実際は若い人なので仕方ないが、「老い」というものが重要な作品だったので、ちょっと残念だ。

 長男役のソン・ビョンホは、『大統領の理髪師』でも重要な役を演じていたのでご存じの方も多いと思う。ここ二年ばかり映画に出ずっぱりだが、何をやらせても抜群のバイ・プレイヤーで、今最も注目すべき俳優の一人だ。次男役のキム・ユソクは、昔の日本の喜劇映画に出てきそうなキャラクターを好演、ホン・サンス映画とは全く違った魅力を見せる(キム・ユソクはホン・サンスの『カンウォンドの恋』に出演)。コミカルな演技力もあり、ソン・ガンホの次を狙えそうな俳優だ。また、冬ソナでお馴染みのイ・ヘウンが娘の一人として出ている。

 この『お母さん』という映画は、流行とは無縁の、日本映画でいえば公会堂で上映されるようなタイプの映画ではあるが、案外、日本人にとって親しみ易い作品といえるだろう。


『大胆な家族』 ★

 この映画は不愉快な作品だ。「全然笑えない、安っぽい喜劇」以前に、離散家族をネタにして、最後は弁解がましく取り繕っているところが、何とも気にくわない。南北問題をコメディにしているから怒っているわけではなくて、やっていることが中途半端なのが嫌らしいのだ。

 世間では表立って言えない意見を表明する手段として「笑い」はとてもいい方法で、その時は問題視されても、案外、後で皆の理解を得られやすい。それゆえ、多少過剰な手段をとっても許されるものだ。しかし、この『大胆な家族』は最初から最後まで、ゆるゆるのお役所仕事でお茶を濁しているだけであり、特に不愉快なのは、朝鮮戦争で生き別れになった別妻を持つ父親(高齢だから少しぼけている)の遺産を狙って、子供たちがあれやこれやの手段を使って父親を騙そうとする、ということではなくて、町内会を巻き込んでの大詐欺を企てながら、最後は、よくある「離散家族の悲劇」という、お涙頂戴のごまかしで、しょぼく終わってしまうことだ。

 離散家族の問題をコメディで扱ったことについては、悪いとは思わない。むしろ、韓国だからこそ出来るテーマなのであって、逆に推奨したいくらいだ。ラストのメロドラマ自体も、それなりに感動的で、問題提起にもなっているから、否定はしない。だが、腹が立つのは「離散家族の問題をコメディで扱ったこと」についての後ろめたさをごまかすために、最後に「泣かせ」を持ってきたようにしか見えないことだ。監督のチョ・ミョンナムがどういう意図でこの映画を企画したのかはわからないが、当人の考えていたものと、かなりかけ離れた内容になってしまったのではないだろうか。

 キャスティングはかなり強力だが、皆、通り一辺倒の演技なので、特筆すべきことは何もない。主演のカム・ウソンは、今までとは違う、動作を細かく割った演技をしているが、やはり彼は視線の俳優であって、ドタバタ・コメディには向いていないことがはっきりしただけであり、マンネリ化したキャスティングも問題だ。

 題名は、「肝の大きい家族」という意味だが、映画としては「肝の縮んだ」内容で終わってしまったようだ。


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