全州国際映画祭2005 リポート
『五つの視線』
Reported by 井上康子
2005/5/31
『五つの視線』 2005年 英題:If You Were Me 2
2005年4月30日 全州市メガボックスにて上映
ゲスト:イ・ヒョンスン監督(本作ではプロデューサー)、パク・キョンヒ監督、キム・ドンウォン監督、チョン・ウネ
2003年のアジアフォーカス・福岡映画祭で『もし、あなたなら〜6つの視線』をとても興味深く観て、その時に第二弾を作る予定があるのを聞いて以来、待ちに待っていた作品でした。
韓国人権委員会製作による人権をテーマにした、5人の監督によるオムニバス映画で、全州国際映画祭でワールド・プレミア上映されました。
以下、上映順にティーチ・インの内容も含めながら、作品の紹介をします。
1.『皆が理解してあげなくちゃ』
英題:Seaside Flower
監督:パク・キョンヒ(『微笑 ほほえみ』)
出演:チョン・ウネ、ソ・ジュヒ
15歳のダウン症の少女、チョン・ウネが本人役で主演。障害をもつウネは普通学校に通っているが、フルートひとつとっても、他の子供たちのようにはうまくできない。そんな彼女を嘲笑する意地悪な子や、障害児に偏見を持つおとなにウネは堂々と「理解してくれなくてはいけません」と抗議する。一見、たくましげな彼女だが、同年齢の友人もおらず、近所の大好きなおばさんのところで「忙しいから」と遊んでもらえないと大泣きをし、また、おしゃれにも余念がない、かわいい少女だ。
イム・スルレ監督の後輩にあたるパク・キョンヒ監督(色白でノーメーク、小柄でメガネをかけていて、まじめな女学生のようなたたずまいの人だ)は、「ウネさんと10日間位一緒に過ごし、学校やキャンプへも一緒に行き、彼女の生活を観察しながら脚本を書きました」と述べていたが、作品中の多くのエピソードを、彼女の実際の生活の中から採用したそうだ。
監督は彼女のありのままの姿を自然に魅力的に描くことができている。舞台挨拶の時も、監督と彼女は仲良く手を取り合って登場したが、監督が誠実に彼女と関わりを持ち、対等な人間関係を作り上げた上で撮られた作品だということがよくわかる秀作だ。
チョン・ウネ(左)、パク・キョンヒ監督(右)
そして、彼女に感情移入してこの作品を観ていると、子供のちょっとした意地悪や、おとなの配慮のない発言が、どれだけ障害を持つ人の自尊心を傷つけることになるかが本当によくわかる。
2.『男だったらわかるだろ?』
英題:Hey, Man〜
監督:リュ・スンワン(『ダイ・バッド 〜死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか〜』『血も涙もなく』『ARAHAN アラハン』『クライング・フィスト』)
出演:キム・スヒョン、アン・ギルガン、イ・ジョンホン、オン・ジュワン
「男らしさ」の固定観念にとらわれている一人の男の哀れっぽい姿をコミカルに描きつつ、「学歴」による差別や「同性愛者」への差別をあぶりだして見せてくれる。
居酒屋で友達と酒を飲んでいる男。泥酔した男が我知らず、「失業者が!」「ホモはだめだ!」「高卒が!」と悪態をつく度に、それらに該当する彼の友人が一人ずつ去って行ってしまう。去って行く友人に向かって「おまえ、本当にホモか?」と男が叫ぶところで場内は爆笑。
そして、この作品は人権映画プロジェクト第一弾『もし、あなたなら〜6つの視線』を観た人はさらに楽しめるというおまけ付き。一人残された男が「男は泣かないんだ」と叫びながら酔いつぶれ、隣のテーブルで寝ていた客に同意を求めながら、バッタリ倒れこむと、あらあら寝ていたのは何と、第一弾の中の『彼女の重さ』のイム・スルレ監督と第一弾・第二弾のプロデューサー、イ・ジンスクでした(共に女性)。第一弾の「女らしさ」の固定観念に続いて「男らしさ」について描きました、というメッセージでしたが、私も第一弾を観た時から、「男らしさ」をテーマにした作品も韓国では必要だろうに、と思っていたので、期待に応えてもらった作品でした。
3.『リュックサックを背負った少年』
英題:A Boy with Knapsack
監督:チョン・ジウ(『ハッピーエンド』)
出演:イ・ジンソン、オ・テギョン
北朝鮮から命がけで脱出してきた少年少女が、韓国の社会に受け入れられず過ごす日常を静かに描いている。暗いトーンの白黒フィルムが2人の心象風景をそのまま表現している。
少女は学校で「北では人肉食べていたの?」といった興味本位の質問にさらされ、すでに失語状態になっており、話すこともできない。2人がタクシーに乗って、「北から来ました」と話せば、スパイ扱いされ、運転手は警察へ直行するが、彼らはきちんと料金を置いて降りるし、ある時、少年は少女のバイト先のカラオケ屋からリュックサックいっぱいのコーラを盗み出すが、「北から来た人間はみんな泥棒だと言われているから返して」という少女の言葉に肯き、コーラを返しに行く。たとえ韓国社会に受け入れられなくても、2人は誠実に対応することで静かに自己主張していく。
北には家族が残っており、命がけで脱出した北へ戻ることは彼らの夢であったのに、少年は韓国に来て唯一覚えたというバイクに乗っての事故で、韓国で、韓国の市民として死んでしまう。この結末は韓国社会が彼を受け入れなかったという事実を象徴的に描いているのかと考えていると、エンド・クレジットで実在のモデルがいたことを知らされて驚いた。監督はこの少年の孤独な死をニュースで知って作品の構想を膨らませたのではないかと思うが、二人のキャラクターがシナリオにていねいに描かれている。
4.『ありがたい人』
英題:Someone Grateful
監督:チャン・ジン(『SPY リー・チョルジン 北朝鮮から来た男』『ガン&トークス』『小さな恋のステップ』)
出演:イ・ジヨン、コン・ホソク
時代は1980年代だろう。地下の拷問室で学生運動の闘士が捜査官から電気拷問や水拷問(バスタブに顔を押さえつけて入れられる)を受けるのだが、学生は屈強で仲間の名前を決して吐かない。そんな学生に対して捜査官は「今日は妻の誕生日なのに家にも帰れない」と嘆いてみせる。この捜査官は非正規雇用の職員で、上司に対して何事も強く主張できない弱い立場にいるのだ。
超エリート校、ソウル大学に在学中の学生に対して、「君たちは卒業したら、私と違って良いところへ就職できるんだ」、そんな強い立場にいる君たちが運動する時は「非正規雇用の職員の平等も訴えてくれ」と訴える。学生は次第に捜査官に同情してしまい、ついには自分を拷問するためにいる捜査官にたいして「たいへんなお仕事ですねえ」と有難がってしまう。こんなふうに、チャン・ジン監督らしいとぼけた味わいのあるブラック・ユーモア満載の作品で、場内は何度も爆笑だった。
この作品は非正規雇用者への差別を扱った作品だと公式サイトで紹介されていたので、そのつもりで観ていたのだが、確かに立場の弱い非正規雇用の捜査官が素材として登場はしていたが、立場の弱さはさらっと流してあるだけだし、作品の本質的なテーマは「視点を変えれば誰が偉いのかが変わってしまう(捜査官よりも学生の方が偉くなってしまう)」ということに間違いない。個人的にはなぜそのテーマが「人権」と関わりがあるのか理解できなかった。「人権」という枠が与えられていなければ、おもしろい作品だと思えたのだけど・・・ 「視点を変える」きっかけのひとつが非正規雇用であることだったなあ、とか無理に関係付けることができなくはないにしても、やはり、「人権」という枠の中で考えるとインパクトが弱い作品だ。
5.『鍾路(チョンノ)、冬』
英題:Jongno, Winter
監督:キム・ドンウォン(『送還日記』)
2000年の冬、ソウルの街中、鍾路(チョンノ)の路上で、しかも警察署からわずか50mしか離れていない場所で、空腹から動けなくなり凍死した、中国から出稼ぎに来ていた中国系韓国人キム・ウォンソプ氏の足跡をたどったドキュメンタリー。徹底したリサーチに基づき、中国系韓国人のさまざまな立場の人から、数多くの証言を引き出している。
ティーチ・インで「なぜ、この問題を取り上げたのか?」と少し批判的なニュアンスで質問が出たときも、たいへん穏やかで誠実に答えるキム監督の態度は印象的だったが、弱い立場に置かれ、画面に登場することに何らかの抵抗を感じたであろう人々は、監督を信頼したからこそ発言することができたのだろう。
監督は、彼らの発言から、中国から出稼ぎに来ている中国系韓国人たちが賃金ももらえないまま働かされる事例が多いことを、歴史的に見て、やむを得ない状況で中国に移住し、厳しい生活に耐えてきて、貧しさからやむを得ず韓国に出稼ぎに来ていることを示し、かつては彼らが朝鮮の独立運動を陰で支えて来た事にまで踏み込み、韓国政府の施策があまりになおざりなことや、市民が無関心であることを指摘し、さらには中国系韓国人に対する保護法律の改正も視座に含めてこの作品を撮っている。具体的かつ積極的に韓国で生活する中国系韓国人を支援することを目的とし、説得力ある主張をしていて本当に見応えがある正統派のドキュメンタリーだ。
キム・ドンウォン監督(左端)
以上、第二弾も面白かったです。
個人的な好みは、監督の明確な主張が感じられなかったチャン・ジン監督作品を除いた4作品になりますが、監督の個性によって全く異なる5作品に仕上がっているので、どれも甲乙付け難いです。
イ・ヒョンスン氏(左端)
なお、プロデューサーのイ・ヒョンスン監督からは、「まだ、具体的な計画にはなっていないが、来年に第三弾を作りたいと思っています」という発言が伺えました。第三弾も絶対に観るぞー。
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