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Review 『ユア・マイ・サンシャイン』『私の生涯で最も美しい一週間』
『ミスター主婦クイズ王』『マルチュク青春通り』

Text by カツヲうどん
2005/12/11


『ユア・マイ・サンシャイン』 ★★★★

 韓国内における韓国映画の予告編は、日本のものに比べると総じて雑で、観ていて「いいな」と思うことはまずありませんが、この『ユア・マイ・サンシャイン』は少し違いました。各シーンから映像の持つ強さと俳優たちのエネルギーのようなものが如実に伝わってきて、なかなか感動的だったのです。

 それから一ヶ月後。この映画を観ている途中で、私は思いました。

「この映画を監督したパク・チンピョのセンスはただものではない」

 もちろん、この監督は前作『死んでもいい』で、タブーともいえる老人の性をあからさまに描き、大変な評判と高い評価を受けた才能ですから「ただものではない」のは当然なのですが、私が驚いたのは、この『ユア・マイ・サンシャイン』という映画が、標準的なメロ・ドラマのフォームを踏襲しているように見せかけながら、始終自制が効いた、とてもインテリジェンスな作品だったという点です。

 テーマは多彩で、地方農村の嫁不足、つまり第一次産業の衰退や、男女のヒエラルキーなど、かなり社会的な問題が暗示されていますが、そんなことよりも、平凡な一般人がどう懸命に愛を貫いていけるか、という事柄を真剣に正面から描こうとしていることが、大変感動的でした。また、エイズ問題をあからさまに描いたことも、韓国映画では初めてのことなのではないでしょうか。

 主人公のソッチュン(ファン・ジョンミン)は、独身の三十六才、地方の小さな牧場を経営する純朴な男性です。老いた母親と二人暮し、周りから早く家庭を持つことを勧められますが、今の韓国では、不便な農村にお嫁に来てくれる韓国人女性は、なかなかいません。幼なじみのチョルギュ(リュ・スンス)はフィリピン人と結婚しているくらいです。ある時、彼は喫茶店(=タバン)で働く、ソウルから都落ちしたというウナ(チョン・ドヨン)に一目ぼれします。彼女が売春婦であることをすぐ知りますが、ソッチュンは一方的な熱い恋に落ちてしまいます。しかし、ウナにとって男と寝ることはあくまでも仕事であって、はっきりと「男は嫌い、仕事、仕事で家を顧みないから」と言い放ちます。純朴なソッチュンを、ウナは最初、煙たがりますが、やがて心動かされてゆき、二人は結婚することになります。しかし、ウナのかつての情夫が田舎町に現れたことから、物語は一挙に、辛いドラマへ突入してゆくのです。

 ソッチュンというキャラクターは、本当に純情かつ朴訥、まるで幼子のようです。反対に、ウナは醒めた都会人であり、男性のことを信用していません。しかし、そんな対照的な二人が、衝突し反発しながら徐々に心を通い合わせて行く様子は、とても感動的です。ウナを巡る売春婦の描写は『大韓民国憲法第1条』のような現代的な視点で描かれていないので、不満足な人もいるとは思いますが、彼女の孤独、虚無感といったものは強く伝わって来ます。

 この『ユア・マイ・サンシャイン』最大の見所は、ファン・ジョンミンの素晴らしい熱演であり、それを支えたチョン・ドヨンの好演であり、彼らの演技を見事引き出したパク・チンピョ監督の演出力でしょう。ファン・ジョンミンは、大幅に体重を増やして役作りを行い、全てにおいて素晴らしい熱演を見せます。服毒自殺をはかり、声が出せなくなったソッチュンが、売春行為で収監されたウナとの面会でとった行動、それは一世一代の名演技です。ファン・ジョンミンという俳優は、もともと非常に優れたパフォーマンスを持つ俳優なのですが、映画においては『ロードムービー』以外、器用で多彩な面は見せてくれても、なかなか内包するエネルギーを引き出してくれる監督とは出会えなかったようでした。そんな、俳優としての糞詰まり状態を、今回のパク・チンピョ監督は、一挙開放させてくれたようです。また、ウナ役のチョン・ドヨンも、ウナという女性の持つ、本来の優しさを感じさせる演技で、それは彼女自身の地に近いものなのではないでしょうか。

 この『ユア・マイ・サンシャイン』という作品は、最初から大人の観客をターゲットにした作品ですが、多くの支持を得てヒットしたという事実は、お子様中心の韓国内映画市場にとって朗報といえるでしょう。


『私の生涯で最も美しい一週間』 ★★★

 この『私の生涯で最も美しい一週間』は、グランドホテル形式の作品です。一つの世界で各々を主人公とした物語が展開し、それぞれのエピソードがどこかで交わることで全体を描き出してゆくという、手の込んだ複雑な物語になっています。ですから、それを見事にまとめ上げたスタッフたちの手腕は見事なのですが、少し前に公開された幾つかのハリウッド映画そっくりでもあり、私ははっきりいって率直には喜べませんでした。しかし、一番重要なことは、マネだ、コピーだということではなく、この作品が韓国で多くの観客、広い年齢層の観客に受け入れられた、とても素敵な映画だった、ということです。このことは、自己主張に固執して観客離れを起こしてしまった日本映画と、商売として開き直った率直さで成功した韓国映画の対照的な図式のようでもあり、日本と韓国の文化的相違のたとえのような作品にも見えました。

 さて、この『私の生涯で最も美しい一週間』で特筆すべきこととは一体何なのでしょう。豪華な配役? 巧みな構成? 美しい映像? 私の場合、この映画の監督がミン・ギュドンだったことです。彼は友人のキム・テヨンと共同監督をした、メジャー・デビュー作『少女たちの遺言』で一躍、当時の目ざとい映画ファンや評論家たちの注目を集めた新世代クリエイターの一人でした。しかし、その後、短編を撮ったきりで、長編はほぼ六年ぶりとなります。一時、韓国の映画ファンの間では「もう映画は撮らないのでは?」と囁かれたこともあったようですが、今回の『私の生涯で最も美しい一週間』は、満を期しての再登板にふさわしい出来映えになっていて、そこには『少女たちの遺言』ではわからなかった、したたな面も感じさせ、やっぱり才覚の牙を隠した人物だったようです。

 この映画の一番好感が持てるところは、ティーンエイジから初老の世代まで、きちんと普遍的な男女の愛を描いていることで、単なる「好きよ、嫌いよ、結ばれました、はい幸せ」というお子様展開ではなく、どの世代も愛し合ったからこそ始まる次の段階を描いているところに、この映画の価値はあると思いました。それぞれの登場人物は、決して出番が多いわけではありませんが、各々の世代が抱える問題や苦しみといったものがとてもよく象徴されていて、現代韓国の生活をリアルに描いた点でも、この映画は優れています。

 俳優で、個人的にちょっと注目したいのは、カソリックの見習い修道女スギョン演じた、ユン・ジンソ。映画におけるキャラクターの性格付けがちょっと変わっていることもあいまって、彼女の個性はとても光っています。そんなところもミン・ギュドン監督らしいところかもしれません。また、映画館建て直しと、渋い恋に悩むクァク社長演じた重鎮チュ・ヒョンは、とてもおちゃめなキャラクターを演じていますが、前作『ファミリー』が好きな方は必見です。両方を観ると、彼のうまさというものが一際よくわかるでしょう。

 『私の生涯で最も美しい一週間』は、観る人によっては物足りないかもしれませんが、現代人の生きる悩みを描いた優れたスケッチともいうべき作品です。


『ミスター主婦クイズ王』 ★★

 日本では一昔前、韓国といえば「男尊女卑」、女性はすべからず活躍しようがなかったようなイメージで語られがちでしたが、この『ミスター主婦クイズ王』で描かれた夫婦を巡る社会的立場というものは、今の韓国では決して不自然なことではありません。むしろ、高学歴の男性が家事や子育てのやりくりをしている姿は、韓国の一般的な都市生活者や若い世代の目には、十分に理にかなった事実として映ったのではないでしょうか。主人公ジンマン(ハン・ソッキュ)はわけあって会社を辞め、今は主夫として家事や子育てを切り盛りする毎日ですが、彼なりに生きがいのある楽しい毎日を送っています。もちろん、昼間から家にいる彼を白眼視する向きもない訳ではありませんが、周囲の主婦たちともとてもうまくいっています。逆に妻のスヒ(シン・ウンギョン)は朝早く出勤し、夜遅い毎日。なぜなら、テレビ局の第一線で働く女性だからです。

 人によっては、ここに作品のテーマを感じることもできるでしょう。実際問題として、この夫婦を合理的かつ自然である、と思う人も多い反面、「情けない」とか「恥ずかしい」と感じる人も、韓国では多かっただろうと思うからです。しかし、生き生きと家事をこなすジンマンの姿に、本音では「いいなあ」と思いつつも、表向きは「恥ずかしい野郎だ」と息巻いていた韓国人男性も結構いたのではないでしょうか。なぜなら、最近、韓国人男性とつき合っていて感じることは「男らしく振る舞うこと」に本音では疲れている人たちが増えているのでは?と感じることが多いからです。そういう点で『ミスター主婦クイズ王』は、現代に生きる韓国人男性にとっては自己のあり方を問う、実は重いテーマを抱えた映画なのかもしれません。

 作品自体はこぢんまりとしたオーソドックスな映画ですが、子供から大人まで嫌味なく楽しめる、という点では良くできた作品といえるでしょう。実際、私が観たときも、隣の座席に子供を連れた母親が観に来ていて、映画を通じて二人のちょっとした楽しいコミュニケーションの場になっていたのが印象的でしたし、だからといって決して観客に媚びていない作りも、家族映画としてなかなか優れていると思いました。

 主演のハン・ソッキュは、二作品ほど続けて、見当違いのハード・キャラ路線で来ていましたが、やっと、本来の魅力あるポジションに戻ってきてくれたようです。俳優として一つのイメージが固定されてしまうことは避けるべきことなのでしょうけれど、昔のハン・ソッキュが戻ってきてくれたことを嬉しく感じたファンの方は多かったと思います。また、彼の妻を演じたシン・ウンギョンは子供を生んでからの復帰第一作ですが、以前より微妙な表現が豊かになっていて、彼女にとり、結婚と出産は女優業へのプラスになったようです。

 この『ミスター主婦クイズ王』は、今ではちょっと珍しい、健全な泥臭さが感じられるちょっと懐かしい作品でした。


『マルチュク青春通り』 ★★★

 十代の頃といえばエネルギーを持て余してはいるものの、受験やら何やらで、束縛が多く、むしろ窮屈な時代である。案外、年を重ねて思い出すよりも、無慈悲な時間の連続なのかもしれない。そんな青春時代の無常を、鮮明だが冷酷に切り取って見せたのが、この『マルチュク青春通り』だ。『友へ/チング 』や『ムッチマ・ファミリー』第二話『僕のナイキ』が、失われたよき時代への哀愁と肯定を前提としたものなら、こちらはもっと醒めていて否定的だ。

 監督のユ・ハは前作『情愛(結婚は狂気の沙汰)』においても、男女の本音と建て前が生み出す虚しさを描いていたが、今回もその視点は健在である。もちろん、甘酸っぱい恋愛模様も、腐れた野郎同士の友情も、一見それなりに描いてはいるけれども、あくまでも現実的にあるうる範囲を、幾らか脚色した程度である。主人公たちの生きる世界も人間関係も、固定された狭い中で繰り広げられるだけであり、美しき異性の存在も、淡い幻想に過ぎない。

 この映画で描かれる世界は、野蛮な男子校の生活を経験した方なら、日本人であっても、思わずうなずいてしまうエピソードの連続だ。特に、喧嘩のシーンは凄まじく、屋上での対決は凄惨ですらある。これを観て「まさか、いくらなんでも」と思う方も、もちろんいるだろうが、私個人の経験からいうと、それらは十分現実的なのだ。

 主人公ヒョンスを演じるクォン・サンウは、物語の時代性と本人のルックスが上手く合致しているので、テレビ・ドラマ『天国の階段』を観て、彼の役柄に納得出来なかった方も、今回は十分うなずけるだろう。彼の同級生演じる面々もチッセ役キム・イングォン以下、皆、とてもいい顔立ちの俳優が集まっている。近年の日本と同じく、韓国でも味のある顔立ちが加速的に少なくなっている今、この映画は別な意味で「いい男」たちが顔を揃えているといえるだろう。特に、一番の好演が、ハンバーガー役のパク・ヒョジュンだ。彼が演じた立場こそ、男子校で生き抜く現実がよく出ていると思う。

 「マルチュク通り(日本語にすると「馬粥通り=馬喰通り」といった感じか)」とは、ソウル市内にある、良才洞のかつての呼び名であるという。今でこそ、高級住宅とインテリジェントビルが立ち並ぶ街並みになった良才洞だが、「マルチュク通り」という呼び名は、実は、切なくも忌まわしい過去の象徴なのかもしれない。

 まさに韓国版青春残酷物語ともいうべき映画である。


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