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Review 『スパイダー・フォレスト/懺悔』

Text by 井上康子
2005/7/3



『スパイダー・フォレスト/懺悔』 2004年 原題:蜘蛛の森 英題:Spider Forest
 監督・脚本:ソン・イルゴン 『フラワー・アイランド』『羽根』『魔法使い(たち)』
 主演:カム・ウソン(カン・ミン) 『情愛(結婚は狂気の沙汰)』『R-Point』『大胆な家族』
     ソ・ジョン(ウナ、ミン・スイン 二役) 『魚と寝る女』『秘蜜』
     カン・ギョンホン(スヨン) 『魔法使い(たち)』
     チャン・ヒョンソン(チェ刑事) 『吹けよ春風』『羽根』『魔法使い(たち)』

 まだ、30代前半の若手にして、その高い作家性がヨーロッパでも注目されているソン・イルゴン監督の待望の長編第2作。

 長編デビュー作『フラワー・アイランド』では、悲しみを忘れさせてくれる「フラワー・アイランド(花島)」という、タイトル名である場所を創作し、救済を求める、心に傷を負った女性たちをそこに向かわせたが、本作のオリジナル・タイトルである「蜘蛛の森」も誰にも愛されずに死んだ人間の魂が蜘蛛になって留まっている場所で、やはり、たいへん寓話的に創作された場所を指している。また、「蜘蛛の森」の蜘蛛たちは、誰かが思い出してくれることで蜘蛛の姿から解き放たれ救われると語られ、「心の傷と救済」という主題を一貫して追究していこうとするソン監督の姿勢を伺うことができる。

 主人公のカン・ミンは妻を飛行機事故で亡くして以来、無気力に日々を過ごしている。彼は超自然現象の話題を提供するテレビ番組「ミステリー劇場」のプロデューサーで、寄せられた投書にある「蜘蛛の森」を取材するため、投書者でその森の近くで写真館を営んでいるミン・スインを訪ねる。彼女は、誰にも愛されなかった魂が蜘蛛になって留まる、「蜘蛛の森」の伝説を語り、ミンは伝説を確かめるために森の中に入って行く。そして、森の山荘で男女の惨殺死体を発見するが、その死体は彼の上司であるテレビ局の局長と、彼が再婚しようとしていたレポーターのソヨンだった。彼は何者かに襲われ、轢き逃げに遭い、病院に収容され、昏睡状態から意識を取り戻すが、目覚めた彼は記憶を失っていた。そして、ミンの友人のチェ刑事による殺人事件の捜査も開始される。

 という作品の冒頭までの場面からは、通常の、論理的に犯人や動機が明らかにされていくという様式のサスペンスなのかとも思えたが、記憶を失ったミンが登場してから、この作品独特の雰囲気が立ち込めてくる。ここから、作品はカン・ミンという一人の男の記憶をたどるサスペンスの様式を取りはじめる。ストーリーの核になっているのは、彼がなぜ記憶を失ったのか、彼が想起する断片的な記憶はなぜ歪んでいるのか、である。

 現在の彼が遭遇する事件と、彼が想起する断片的な過去の記憶が絡み合い、また、彼の意識というフィルターを通して示される出来事は幻想とも現実とも言い難い、混沌としたイメージを持っている。自分がスクリーンで、今、目にしている場面は、果たして、現在のことか、過去のことか、現実なのか、非現実なのか、それらが曖昧な出来事を眼にしていると、まるで劇中の暗い「蜘蛛の森」の中に吸い込まれてしまったような気持ちにさせられるのだ。

 また、登場人物たちの行為、言葉がさまざまな隠喩を含み解釈の余地があり、考え込こむことで、さらに深く森の中に迷い込んでしまうことになる。唯一、チェ刑事のみが現実的な存在であり、彼は殺人事件の解決のためではなく、現実的な時間と空間を観客に示すために、監督が配置した人物だと気づかされる。

 監督は執筆に2年を要したというが、脚本は本当に細部に到るまで練りに練られているし、映像も監督独自の美しさがあり、暗い森の中はもちろんだが、惨殺された死体のある山荘の室内さえ、まるで中世の宗教画のような美しさを放っていて、脚本に厚みのある質感を持たせている。気分転換に軽い作品が見たいという人には向かない作品だが、気持ちと時間に余裕がある時にじっくり見れば、長くこの作品の余韻を味わうことができるだろう。

 監督はエンディングで、罪の意識が彼の記憶を歪めていた事を暗示し、ミンと観客を「蜘蛛の森」から救い出そうとする。その中で、監督はミンが自分の犯した罪と向き合うことではじめて救済されるということを、「希望」という名前の写真館を営むスインを通して、静かに伝えようとしている。

 監督の短編『肝とジャガイモ』(1997)は未見だが、カインとアベルという旧約聖書の登場人物と同じ名前の兄弟を登場させ、「罪と救済」を主題にしている作品とのことで、この主題もソン監督が関心を抱き続けているものであることが伺える。

 ミンを過去のある事実に向き合わせようと、スインが彼を送り出す場面は、まさに、『罪と罰』でラスコーリニコフに自首を決意させるに到ったソーニャが、彼を送り出す場面を連想させるもので、監督が『罪と罰』を強く意識していることがわかる。この場面は、この作品においてもクライマックスと言える場面だ。ミンの過去から現在までのすべてを知っているスインは、彼が「希望」を得るために、彼を送り出すのだが、同時にそのことは、ミンとの決別、さらには、彼女自身は救済されないことをも意味している。

 スインを演じたソ・ジョンは『ペパーミント・キャンディー』や『魚と寝る女』で、たいへん個性の強い役柄を演じて印象に残っていたが、この場面では、母親のように毅然とミンを送り出しながらも、女性としての哀しみを一瞬こめて、複雑なスインの心情を見事に表現している。

 私がソン監督作品を好きだと思う理由の一つに、監督が描く女性たちに惹かれるということが挙げられる。短編『遠足』(1999)で、事業の失敗から一家心中を計る夫が、子供に与えた睡眠薬入りの牛乳を、子供の命だけは救いたいと飲み干し、それをいたずらのようにごまかして、子供に微笑む母親の美しさ。『フラワー・アイランド』で、娘にピアノを買いたいという動機で行なった売春が発覚し、家を追われた母親の悲しみを耐える表情。そして、本作のスインやウナも母親ではないが、いずれもミンにとって「母」の役割を果たす女性たちだ。

 女性が個人としての役割以外に、「母」としての役割を担うことで生じる複雑な心情に、監督が寄り添おうとしていることが、彼女たちを見ているとよくわかる。

 ソン監督はポーランド国立映画学校へ留学経験をもつという背景からも伺えるように、いわゆるハリウッド的な商業映画を目指している監督ではなく、作品性を追求していこうという姿勢の強い監督だ。作品性を追求しようという姿勢が強いために、製作費を集めにくいという苦労もあるようだが、本作も15億ウォン(2004年の製作コスト平均は40億ウォン)で作られたと報道されている。今年4月に開催された全州国際映画祭では、監督をインタビューする機会に恵まれたが、「もっと多くの観客と出会いたいという気持ちが強くなりました」という発言が印象的だった。多くの観客と出会うために、予算の大きい作品も何本か計画しているし、併行して低予算の作品も撮っていきたいという発言は、作品性を追及しつつ、多くの観客に受け入れられるための努力も惜しまないという、監督の現在の決意が伝わってくるものであった。

 短編『遠足』でカンヌ国際映画祭「短編コンペ」部門審査委員賞を受賞した、という実績からだと思えるが、フランスで製作の支援も受けており、すでに、ヨーロッパでも注目されているという、現在の韓国の若手監督の中でもきわだった存在感を示す監督だ。本作を皮切りに、今後も作品が日本で公開されて、ソン監督の作品を愛する日本人が増えていってほしい。


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