イ・ヨンエの顔はいまや韓国のテレビで毎日みることができます。幸せを運んできてくれそうな大きな黒い瞳、眺めるだけで癒されそうな透明な笑顔。イ・ヨンエには紫色がよく似合います。

 私がイ・ヨンエに初めて会ったのは韓国のとある美容室です。ちょうど彼女が韓国の化粧品の宣伝で“酸素のような女”というコピーで一躍有名人になりつつあった時、私はSBSの放送作家兼レポーターをしていました。美容院で偶然私の横に座っていたイ・ヨンエさんは、整った横顔、白く透き通る肌、大きくて丸い目、どこで見かけても目立つ真っ赤なバラのようなイメージの華麗な人でした。それから6年後、私は再び日本で彼女と会うことができました。それは「Live On Korea」(注)のインタビュー・コーナーでのことです。以前会った時のような華麗で華やかな雰囲気は、時間の経過と共に温和で柔らかな「紫のアジサイ」のように変わっていました。そしてとても静かな語り口。

(注)Live On Korea:
 筆者は、2000年4月から2002年3月まで、NHK教育テレビ・ハングル講座のコーナー「Live On Korea」で、韓国の映画や音楽などの大衆文化を紹介し、日本を訪ねる韓国の文化人の紹介を行った。

 イ・ヨンエは『インシャラ』(1996/未公開)でスクリーン・デビューし、日本でも公開され話題をよんだ『JSA』(2000)、いよいよ公開される『ラスト・プレゼント』、去年東京国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞した『春の日は過ぎゆく』(2001)の四本の映画に出演しました。特に韓国最大の話題作『JSA』への出演は、イ・ヨンエ自身も認めるとおり、彼女の映画人としての活路を開いてくれたと言っても過言ではありません。冷静・沈着かつアイデンティティーのゆれを持つ在外韓国人将校ソフィー・チャンをリアルに演じ、注目を集めました。続く『春の日は過ぎゆく』において、イ・ヨンエ演じるウンスという女性は、単に愛なしには生きられないといったタイプではなく、自分自身の欲望の趣くままに人生を「埋めていく」女性を見事に演じてくれました。どの作品も私がとても好きな映画ですが、中でも『ラスト・プレゼント』でのイ・ヨンエを私は一番愛しています。

※ 『JSA』と『春の日は過ぎゆく』は、韓国映画特選2002で上映されます。

 韓国では1970年代から女性主人公の人生・恋愛を扱ったメロドラマが流行り始めました。メロドラマ的映画やテレビドラマを背負っていたのは、1980年代初頭まで韓国映画女優‘トロイカ’と呼ばれた三人。彼女たちの存在は韓国映画史上最強の人気ぶりとも言えるほどの勢いで一世を風靡しました。彼女達の名前は、チョン・ユニ、ユ・ジイン、チャン・ミヒで、韓国の40代、50代以上の人なら誰でも知っていると言っても過言ではありません。1990年代にはシム・ウナ、チョン・ドヨン、コ・ソヨンの三人が登場して新時代を切り開き、現在の韓国映画全盛期の先駆けとなるような「元気さ」を生み出しました。そして、それを受け継ぐ形で2000年の大ヒット作『JSA』とともに現れたのがイ・ヨンエなのです。イ・ヨンエはシム・ウナとよく比較され、ある意味では『Interview』(2000)以降活動を中断した形となっていたシム・ウナの後継者的な存在として見られた側面もありましたが、今やあの‘トロイカ’女優の人気に負けないほどの全盛期を迎えており、韓国映画を代表する頂点として輝く存在になっています。

 『ラスト・プレゼント』で、イ・ヨンエ演ずるジョンヨンは、限られた命を埋めながら生きている平凡な主婦。これまでのイ・ヨンエとはかなり違って本当に「平凡な」演技は新鮮な衝撃を与えてくれました。イ・ヨンエはそんな平凡なジョンヨンになりきるためにヘア・スタイルから変えました。きれいに飾られた‘日常’の代わりに、くつろぐような普通の、まさに「平凡な」生活感を表現するためだったと言います。それからイ・ヨンエはこの映画の役作りをしていた準備期間中に病院のドキュメンタリー番組も見たそうです。その中で他人の痛みを観察しつつも、病んでいる人とその周りの家族を見ながら、ある時は‘「涙」よりも「笑い」の方がより深い悲しみを伝えている’ことを発見したと。

 「あなたは世界が私にくれた最高のプレゼント!」というコピー・フレーズを持つ『ラスト・プレゼント』で、イ・ヨンエは私が一年分の涙を流したと思うほど印象的な演技を見せてくれました。露見することを恐れ、奥へ奥へとひたすら押し隠してこそ初めて光るもの。言葉では到底表現することもできない優しさ。こういった韓国人の持つ感情の機微や複雑な内面を、平凡な日常を演技しながらも見事に描き出したのです。

 イ・ヨンエこそ、この世が私たちにくれた美しいプレゼントに違いありません。




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<筆者プロフィール>
 韓国の大邱(テグ)生まれ。梨花女子大学を卒業後、SBSソウル放送局に勤務。米国UCLAに留学。1999年に来日し、2002年3月までNHK教育テレビ・ハングル講座で、韓国の映画や音楽などの文化を紹介する「Live On Korea」を担当する。現在、東京大学の人文社会系研究科にて博士課程在学中。専攻はインターネットなど新しいメディアの社会的影響及び日韓の社会・文化。著書に『韓国N世代白書』(トラベルジャーナル)がある。




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