この映画は、夫婦の心温かい愛を描いたヒューマン・ドラマだ。

 だが、映画の中盤ごろまでは、果たしてこの夫婦が本当に仲のよいカップルなのかなと、心ならずとも思ってしまうかも知れない。夫の稼ぎが悪いと叱責し、離婚を口にする妻と、ただ世間体と面子のために別れるわけにはいかないと対抗する夫。長いこと、家庭内別居同然の日々の暮らし。どうみても、おしどり夫婦には見えない。夫婦喧嘩のときは、ものを投げつける妻。手はあげないが、悔しそうに妻の去った後ろ姿を見送る夫。しかし、徐々にその一つ一つの妻の夫への抵抗が、実は愛するが故に出た行為であることが分かってくる。夫には最後まで自分の口からは言わなかったが、妻ジョンヨンは余命わずか、死を宣告された立場だ。いっぱしのお笑い芸人を目指してはいるものの、なかなか現実は厳しく、ナイトクラブ出演やお笑い番組の前座の仕事にしかありつけない夫をみて、どんなにか胸が締め付けられる思いをしたことか。表向きの強がりが実は夫への愛の表現であることはすぐに読み取ることができるだろう。

 ただ、中には、なにも夫婦の仲なのに何で病気のことを隠すのか、何で相談しないのかとじれったい思いをされる方もいるかも知れない。だが、こういう夫婦が韓国独特で、その文化に根付いてこそ存在すると思っては間違いだ。個人差こそあれ、この映画の夫婦は韓国独特の夫婦観に基づいて成り立っているわけではない。この二人は同じ年の夫婦だが、どちらかというと姉さん女房に近い。お笑い芸人という夢を追って頑張ってはいるが、なかなかチャンスをつかめない夫。自分の身支度ひとつろくにできない子どものような夫を残して死んでいくわけだから、心とは裏腹に冷たくあたる気持は痛いほどわかる。しっかりして欲しいから、一人立ちして欲しいから、自分がいなくてもちゃんと生きていって欲しいから、あえて心を鬼にして気丈に振舞っているのだ。ジョンヨンは「情」を断ち切ろうとしていたのだ。これはこの夫婦を理解するキーワードでもある。

 韓国人は「情」を非常に身近な感覚としている。韓国の演歌と呼ばれる歌の歌詞にも、「情」は頻繁に現われる。愛とか恋といった感情表現より、ずっと韓国人の奥底に根付いているのがこの「情」に他ならない。愛していること、好きでいること、尊敬していることなどの感情を全部足して表そうとしても表しきれないのが、この「情」という感情だろう。結婚後長い年月が経って、例え恋愛感情はなくなっても「情」は残る。相手が異性でなくても、人付き合いの中に「情」は生まれる。妻ジョンヨンは、夫への「情」を断ち切ることによって、一人残された夫が、「情」に溺れることなく、しっかり前向きに生きて欲しいと願ったのだ。この感情は西洋人には分からないかも知れないが、少なくとも日本人には通じるものがあるのではないだろうか。図らずも美徳ではないが、そうせざるを得ないジョンヨンの気持は、アジアの人なら十分に理解できると思う。個人差こそあれ決してこういう夫婦は日本人とて理解できないはずはないと思う。

 韓国のベストセラー小説で『カシコギ』(趙昌仁著,サンマーク出版より邦訳が出版されている)という本がある。ここでは親子の情の断ち切りがよく表現されている。訳あって、自分の息子と離れなければならない、死を目前にした父親の話だ。多くの人の涙をさらったこの小説も、情を断ち切ろうと必死に我が子を追いやる父親の息子への究極の愛がテーマとなって、人々を魅了した。『ラスト・プレゼント』のヒロインを演じたイ・ヨンエもある雑誌のインタビューで、当時の一番のお気に入り小説として『カシコギ』をあげている。『ラスト・プレゼント』のシナリオで涙したイ・ヨンエが、『カシコギ』でも眼が腫れるくらい泣いてしまったと語っている。情を断ち切ろうとする行為は見る者を涙なしではいられなくするのだ。

 日本の芥川龍之介の短編『手巾』を思い出して欲しい。息子の戦死を告げられた母親が平然として相手に応対している場面がある。動揺の色ひとつみせず、口もはさまず、泣き崩れるような素振りひとつみせず、冷静に息子の死を受け入れている。しかし、それはやはり取り繕ったものであることが、母親の握っているハンカチで読み取れる。ぶるぶると震える手でハンカチを引き千切らんばかりにぎゅっと握り締めていた母親の悲しみ。その悲しみは、相手には見えないテーブルの下で強く自制されている。心の中では泣き叫んでいたであろう。しかし、表向きは裏腹な態度を取って見せたのだ。ジョンヨンがヨンギに悪たいをついたときのように。『手巾』のこの場面は、日本的な女性を語るときにしばしば出てくる。もちろんシチュエーションも違うし、相手も違うので一概に同じとは言えないかも知れない。しかし、自分の死、また親しい誰かの死を受け入れる時の接し方そのものには非常に似通ったものがあるように思える。

 肩の力を抜いて、素直な気持でこの映画を観て欲しい。あなたの本能でこの夫婦を観て欲しい。あなたにアジアの血が流れる限り、この等身大に描かれている夫婦愛を受け入れられるはずだから。





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