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『大変な結婚』
チョン・フンスン監督インタビュー



Reported by 松本憲一

日時:2003年11月5日(水)
場所:韓国文化院
聞き手:松本憲一
通訳:清水中一(韓国文化院)

 2003年11月4日(火)、コリアン・シネマ・ウィーク2003にて、2002年最大のヒット作『大変な結婚』が日本初公開され、監督のチョン・フンスン氏が来日した。

 以下、チョン・フンスン監督の独占インタビューをお届けする。



 11月、季節は冬に入ったはずなのに、蒸し暑い。私は、慌てて買ったプレゼント用の麦焼酎を片手に、インタビュー会場の韓国文化院に向かった。果たしてこれから会う人物は、酒を飲む人物なのだろうか。私が出会う韓国の人々は、どういう訳か、皆、酒に弱いのだ。

 30分以上待って、緊張感が無くなってきた頃、インタビュー会場に呼ばれて入ると、そこには、いかにも疲れた様子のチョン・フンスン監督が座っている。今回、日本に来たのは初めて、との事だ。写真の印象では、大柄な人物に見受けられたが、意外に小柄、中肉中背といった感じである。

 私が観た彼の作品は、第二作目『大変な結婚』(2002)と、第三作目『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』(2003)の二本だけだ。もっとも、これらの前には、デビュー作『懸賞手配』(1997)が一本あるだけだから、ほとんど観ている事にはなるのだが、たった二本では、その監督の持ち味うんぬんを言うのは本来なら難しい。ただ、この二本を通して言えることは、とても明快な映画であり、わかりやすい映画である、という事である。そして、その聡明さは職人的でもあり、天性のものでもあるように私には感じられる。

 今はチョン・フンスンが、映画作家として語られることは、韓国でも日本でも時期尚早かもしれないが、韓国のコメディ映画を観れば観るほど、彼の重要性は今後韓国映画界において高まるように思えて仕方がない。

 そんな事を考えながら、私はインタビューを始めたのだった。


Q: 私は、チョン・フンスン監督の作品を、三本のうち、『大変な結婚』と『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』しか観ていないんですが、監督の作品は編集が非常にスピーディーで、俳優たちをリラックスさせて演技を引き出しているんじゃないかと思うんです。特に『大変な結婚』では、チョン・ジュノとキム・ジョンウンから、今まで見せた事のないような表情や動きを、たくさん引き出していたと思います。今日のテーマとして、その作家性というか、監督の個性がどこから出ているか、ちょっと知りたいな、というのがあります。監督デビューは1997年ですが、ずっとそれまで映画業界にいらしたんですか、それとも広告のような他の業界にいたんでしょうか。
A: ずっと映画界です。1983年に、スクリプター(記録係)として映画界入りしました。その後に、助監督を10年くらいやって、1992年の『結婚物語』から製作部に移り、監督として正式に契約したのは1993年のことです。そして1997年に『懸賞手配』でデビューしましたが、興行的に成功せず、その後はずっとシナリオを書いていました。だけど、ことごとく不採用が続き、『大変な結婚』は五年ぶりの作品なんです。

Q: 監督は、韓国のどちらの出身ですか?
A: 生まれはソウルの永登浦です。高校は鍾路の高校に通いました。大学はソウル芸術専門大学の映画科です。ソウル大学じゃないですよ(笑)。

※ チョン・フンスン監督はソウルっ子という訳だ。ちなみに、永登浦は、東京でいえば北区や足立区辺りに相当しそうな感じの場所だろうか。

Q: ずっとコメディをお撮りですが、コメディがお好きなんでしょうか? また、外国の監督で好きな監督や好きなスタイルの監督はいますか?
A: コメディは好きなジャンルです。ソウル芸術専門大学に通っていた頃は、10分から15分の短編を四本、撮りましたが、全てコメディでした。好きな監督といえば、うーん・・・ 若い頃は沢山いましたが、今はコーエン兄弟かな。年をとると、彼らのようなスタイルが好きですね。

※ コーエン兄弟 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン兄弟(米国)
 『ブラッド・シンプル』(1984)で商業デビュー。『バートン・フィンク』(1991)でカンヌ映画祭パルム・ドール受賞。日本で公開された最近作には『オー・ブラザー!』(2000)がある。最新作『Intolerable Cruelty』は、韓国で2003年10月31日より公開済み。
 コーエン兄弟といえば、シュールな映像スタイルと、おかしなキャラクターが特徴だが、作る映画の根幹はコメディが中心だ。そういわれると『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』は全編が特異な世界観に彩られ、実にコーエン兄弟的な作品かもしれない。私は『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』のレビューで、いかにも純粋な娯楽作であるかのように書いてしまったが、この作品のスタイルには、実はそんなこだわりがあったのかも。

Q: ちなみに、日本のコメディ映画をご覧になった事はありますか?
A: 韓国では、ほとんど観る機会がありませんが、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズや『タンポポ』(伊丹十三監督作)は観たことがあります。でも、韓国で公開するとなると難しいでしょうね。もう時代背景が今の韓国とは、そぐいませんから。

Q: では、監督の撮った作品について聞きたいと思います。まず、『大変な結婚』ですが、私が耳にした話では、70%くらい製作した時点で一旦撮影が止まってしまい、別の会社が買い取って撮影を再開した、と聞いています。それは本当ですか。なぜなら、映画の前半は密度が高いのですが、後半は雑な感じがしたので、そうした製作上の影響があったのではないか、と考えたからです。
A: それは違います。製作会社が途中で替わった、という事はありません。最初から最後までテウォン・エンターテイメントで製作しました。ただ、準備の段階でシナリオやキャスティングの部分で意見が合わず、物別れしてしまい、六ヵ月ほど時間をロスしてしまいました。しかし、考え直して、妥協できる部分は妥協し、譲れないところは譲らないという話合いを会社側と冷静に話し合って撮影を再開し、『大変な結婚』は完成したんです。

Q: 監督の作品は、いつも編集のリズムが非常にいいと思うんですが、前もって、ラッシュ(=仮編集)をご自分である程度作ってから、編集者に渡すのでしょうか。それとも、ずっと横にいて編集作業をやるのでしょうか。
A: 一緒に行います。もちろん編集担当者はいて、彼(『大変な結婚』、『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』の編集を担当したのはコ・イムピョ)と一緒にやるんですが、私が主導的に関与します。元々リズミカルな映画が好きなので、編集だけでなく、演出の面でも、映画が速く変化するようにしているんです。個人的にもそういう手法が好きです。

※ 映画における編集者の立場は、かなり演出的役割を担っている。編集者は、職人の技量と、演出家としてのリズム&構成のセンスを問われる。特定の監督とチームを組むことが多い。

Q: 次に、俳優の演出法についてお尋ねします。まず『大変な結婚』では、ユ・ドングンの話は避けることが出来ないので、お尋ねしますが、彼のアドリブは、監督が引き出したものではなく、彼の自発的なものが中心なんでしょうか。
A: そこは、演出しながら非常に疲れたところなんです。あまりにもアドリブをやりたがるので、抑えるのに苦労したんです。だから、編集でかなりカットした部分があるんですよ。

Q: でも、監督が演技を引き出している部分もかなりあったと思います。『君に捧げる初恋』でのユ・ドングンには『大変な結婚』の生彩はありませんでした。
※ 『大変な結婚』の大ヒットは、ユ・ドングンの好演によるところが大きいと言われる。ユ・ドングン最新作『オッケドンム』(監督は『花嫁はギャングスター』のチョ・ジンギュ)は2004年新春、韓国公開予定。

A: 私は俳優に指示を出す時、出来るだけリラックスする雰囲気を作るようにして、ほとんど俳優たちに任せるのです。ただし、自分の方向性と違うと感じた時には、「ここはこう、違う、こうして欲しい」と指示を出しますが、出来るだけ簡単に話をして、リラックスしてもらえるようにしています。カメラで撮るときも、固定した中で演技をするのではなく、そうした制限を取り払って自由にやってくれと、いうのです。カメラはそれに追いかける形で撮影しますから、十分なリハーサルをしてメイキャップや照明を決めて撮影に臨みます。

Q: そういう意味では、撮影と照明は、しんどいですね(笑)。『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』の撮影スタッフ(撮影はチョ・ドングァン、照明はキム・イルジュンが担当)は、よかったと思います。映像が非常にシュールでした。
A: あれはマンガ映画(韓国語で普通アニメーションを指す)のつもりで撮りましたから。マンガみたいな映画を作りたかったので、表情や状況をかなり誇張して撮ったんです。それに、私も、そんなにリアリズム的なものは好きではなく、幻想的なものを取り入れて作ったつもりですから、シュールだという印象は映画の解釈の仕方としては間違っていないと思いますよ。

※ かのF・トリュフォーいわく「三作目が本当のデビュー作」。そうすると、この『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』が、チョン・フンスン監督の真の第一作目ということになる。だが、この映画は監督自身が企画した作品ではない。いわば、元々は他人の企画である。しかし、今回、チョン・フンスンは職人的ともいえる手腕で見事、自分の作品にまとめ上げたといえるだろう。私がソウルで『ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2』を観終えた後、あまりに面白かったので、第一作目を監督したチョ・ジンギュに電話して「観たか?」と思わず聞いてしまったが、彼が素直に「凄い」と認めていたことは、非常に重要な事なのではないかと思う。

Q: 『大変な結婚』で、チョン・ジュノの演技を観た時、私は非常に驚いたんです。一番面白かったのは、おでん鍋の中に携帯電話をボチャンと落としてしまうところだったのですが、芝居にしてはあまりにも自然だったので、彼にああいう芝居が出来るのか、とビックリしたんですよ。
A: 屋台のシーンは、シナリオの時点で、あまりにも無理があるんじゃないかと思っていたんですが、実際撮ってみると、上手くいってホッとしましたね。チョン・ジュノのイメージといえば、こう、構えた「ヤクザ・スタイル」という印象があったので、私個人も、最初は拒否感があったんです。そこで、演技をつけるにあたって、とにかくリラックスして演技はしないように、お願いしたんです。

※ 日本で公開されたチョン・ジュノの出演作には『黒水仙』がある。この作品では事件の鍵を握る北軍ゲリラの指揮官を演じていたが、こういうタイプの役柄がコメディでブレイクする前の一般的な彼の印象だったのではないかと思う。

Q: では、『大変な結婚』のチョン・ジュノは、割と地に近いんですか?
A: うーん、そうですね、本来の性格に似ているんじゃないでしょうか。

Q: キム・ジョンウンも、これまで彼女が出た映画の中で、一番可愛かったんじゃないかと思うんですよ。
A: 彼女は、この映画が初めての主演作だったんですけど、可愛いけど憎めない、といったイメージが出ていたと思います。ただ、その後に出た映画は、あまり良くないので、私としては非常に残念です。

Q: 私も観ましたが、確かにそうですね。
※ ちなみに「その後に出た映画」とは、『蝶』(2003)と『吹けよ春風』(2003)のことである。ただし『大変な結婚』の前に、ドタバタ・パロディ『おもしろい映画』(2002)が公開されている。日本で公開された彼女の出演作には、チャン・ドンゴンと共演したテレビ・ドラマ『イヴのすべて』がある。

A: 『大変な結婚』を撮っている時、私は彼女を自分のペルソナ(この場合「崇拝する偶像」という感じだろうか)に見立てて、本当に彼女を愛しながら撮影したのですが、他の監督は彼女を愛して撮影しなかったのではないでしょうか?(笑) ですから、撮影の様子を撮ったスチールを観ると、私の彼女を観る眼差しは、彼女を恋する眼差しになっているんです(笑)。撮影中は全然自覚しなかったんですけどね。

Q: 監督の秘密が、一つ、分かりました(笑)。



終わりに

Text by 松本憲一

 インタビューも終盤に差しかかると、少し乗って来たのか、笑顔を見せてくれるようになったが、意外に静かで思慮深い感じの人物である。

 この後の自由時間は、新宿に行ってみると語っていた。彼の横には、助監督の青年が付き添っていたが、寡黙な彼が重い口を開くには、日本で留学経験があり、三年半ほど大阪で暮らしていたという。

 日本留学組がなかなか活躍出来ない韓国映画界だが、今は助監督の彼もいつかはヒットを飛ばせるのだろうか?と考えながら、私はインタビュー会場をあとにしたのだった。

 最後にチョン・フンスン監督は、私に「ソウルにちょくちょく来るようなら、電話を下さい」と言ってくれた。もちろん半分は社交辞令だろうが、今回のインタビュー、勝手に未完、次に続くとして、一旦締めくくりたい。


 このインタビュー内容は、チョン・フンスン監督と通訳の清水中一氏、インタビュアーの松本憲一の三者において行われたものを、再構成してまとめたものです。ですから、一字一句、録音したものを書き起こしたものではありません。誤った記述はすべて筆者である松本憲一の責任となります。

 なお、通訳の清水氏にはスピーディーで的確な通訳をしていただき、改めて感謝申し上げます。また、疲労困憊のコンディションながら、筆者のよたったインタビューや写真撮影の注文に応えてくれたチョン・フンスン監督にも、重ねてお礼申し上げます。




【注】 映画祭では『家門の栄光』という題名で上映されましたが、その後、『大変な結婚』という邦題で劇場公開されましたので、題名はすべて劇場公開時のものに統一しました。


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