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Review 『あいつの声』『訪問者 Host & Guest』『Mirror 鏡の中』『千年湖』

Text by カツヲうどん
2007/5/13


『あいつの声』

2007年執筆原稿

 実際起こった未解決誘拐事件を原作に、ソル・ギョング+カン・ドンウォン、監督は『ユア・マイ・サンシャイン』のパク・チンピョと、今年初旬の韓国映画では、もっとも話題になった作品です。しかし、もしかしたらパク・チンピョ監督の限界点も見えてしまった作品だったのかもしれません。ネタやキャスティングの点では話題沸騰。積極的に見たいと感じる韓国映画が激減している今、とても期待していた作品だったのですが、出来栄えは、はっきりいって「並の下」。最上のネタを使って「松」以下の鮨を握ってしまったという感じです。前作『ユア・マイ・サンシャイン』の場合、ネタは実録物でも、映画はオーソドックスながら力強くまとめられていて、俳優の演技も大変素晴らしいものだったのですが、今回は明らかにテレビ・スタイルの組み立て方が、映画をスカスカで安っぽいものにしてしまいました。

 主人公ハン・ギョンベ(ソル・ギョング)が著名なテレビ・キャスターである、という設定は、事実に対しての完全なフィクションですが、その目的が要は最後のメロ演出のためだったことがあまりにも見え見えで、どっちらけ。ソル・ギョングも珍しくミス・キャスト。彼である意味が久しぶりにまったく感じられない配役です。子供を想い続け、精神異常直前まで追い詰められてしまう夫婦の姿に胸を打たれた人もいたでしょうけど、彼らがどういう人たちかあまりにも説明不足であり、個性的な警察連中の描写も、力を注いでいるようでそうでもなく、ろくに描かないまま途中あっけなく退場と、せっかくのキャラクターが活きていません。

 また、犯人役にカン・ドンウォンを使ったことは、宣伝の上では妙案でしたが、カメオ出演に過ぎず、この犯人の描き方にもっとも疑問を感じました。未解決事件の犯人の顔をあえて映すか映さないか、ここらへんのアレンジは、一番頭が痛いところであり難しいことは理解出来ますが、本作は明らかに正直路線でやってしまったことが失敗だったと思います。どうせ大々的にカン・ドンウォンの名前を使ってしまうのなら、彼の顔を堂々と見せるべきであり、話が既にフィクションの領域で展開されているわけですから、隠す必要性・必然性も、なかったのではないでしょうか? 裏側にはカン・ドンウォン側の事情があったのかもしれませんし、パク・チンピョ監督の深い考えもあった上での判断でしょうが、どう贔屓目に見ても、本作の犯人を描く上での映画的アレンジは失敗でした。

 逆に唯一よかった部分であり、うまく活かせず残念な部分でもあったのが、被害者の少年像。彼は両親に溺愛され可愛がられているのはいいものの、結果はひどい肥満児。両親は大金をはたいてダイエットさせているのですが、そこには他の子供のように自由に遊べない少年の閉塞感と孤独が深く濃く漂い、秀逸です。ですから両親と彼のドラマをもっと掘り下げてくれれば、と考えると非常に残念な部分でした。

 映画の最後に実際の犯人の声が流され、モデルになった事件の顛末が詳しく字幕で語られますが、これが韓国内で「監督がテレビでやっていたことと同じだろ(*)」と反駁を喰らったことは当然といえます。ここら辺は監督の絶対譲れないこだわりだったとは思うのですが、それが映画自身を損ねる原因となってしまったようです。

(*) パク・チンピョは、1992年、SBSのドキュメンタリー番組『それが知りたい』のアシスタント・ディレクターとして、この事件を直接取材している。

『訪問者 Host & Guest』

2007年執筆原稿

 この映画は習作としての性格が強い作品ですが、ひねりと制御の効いた演出が冴えていて、地味ではあっても見る価値のある一本なのではないでしょうか。いかにもつまらなそうな情景から物語は始まり、日常のありふれたネタで笑わせる具合で進んで行きますが、意外にも低いテンションを続けつつ、メリハリのある展開になってゆきます。この映画が始まったとき、「また監督個人のつまらない日常話か」とてっきり決めつけていたのですが、そうではなかったのです。

 映画の冒頭は、韓国で、ごくありきたりの激しい訪問行為と、ひねくれた主人公の闘いを描き出してゆきます。この「激しい訪問」というものは、韓国に滞在した経験がある方ならよくお分かりになると思いますが、日本的常識ではちょっと考えられないもの。一種の押し売りであり、気の弱い韓国人にとってもいやーな存在です。なぜなら、仕事中でも会社に突然やってきて、布教活動をしたり講釈をたれたり物を売りつけたりしようとする訳ですから。

 主人公のホジュン(キム・ジェロク)は離婚して職も失い憂鬱な毎日です。なぜ彼が社会からスポイルされたかは、その嫌な性格からうかがい知ることが出来ますが、暗い中年男が引きこもりになるのは当然。でも、野郎一人が昼間から家にいるということは、しちめんどう臭い訪問攻撃との戦いに明け暮れるということ。ここまでは、韓国的日常を風刺したかのような展開なのですが、訪問活動をする青年ゲサン(カン・ジファン)の視点にドラマが移ったところから映画は大きく転換してゆきます。

 この作品には徴兵拒否だとか海外派兵だとか、社会問題を提起する記号が散りばめられていますが、一貫して描かれているのは「日常とはつまらない淡々とした連続ごとであり、人間とは基本的に孤独であり、社会との関わりをどうするかは、あなたの行動如何なのだよ」ということであり、それらが冷たく陰鬱な口調で語られてゆきます。でも、裏側には映画的仕掛けが刻々と動き続けていて、ラストは「はっ」とさせられる結末を迎えます。そこには個人の良心が必ずしも社会的な幸福を生み出さないという絶望的な意味合いも感じられて感動的ながらも重いラストでした。もうひとつ、この映画で象徴的だったのは唯一のヒロインだった出張売春をする若い女性です。彼女は日常生活の足しに売春業を営んでいるのでしょうけど、そのサバサバした割り切りぶりは、夢や建前などでずるずると望まない方向へと引きずられてしまう男たちとは対照的で、とても印象的です。

 主演の二人は基本的には無名ですが(ゲサン役のカン・ジファンは最近売れてきているようですし、キム・ジェロクも俳優として10年選手)、対照的なキャスティングで映画のテーマ性に効果を上げています。特にホジュン演じたキム・ジェロクは、キャラが立っていて見逃せません。でも単なるキワモノではなくて、最後にホジュンがささやかな幸福を掴んでからの見違えるような変身ぶりはちょっと驚きでした。まだまだ韓国にはこういう味のある俳優がいる訳ですから、これからもどんどん活躍して欲しいものです。

 大げさな展開や、個性的な映像美を期待するタイプの作品ではありませんが、日常に潜む奇妙な人間喜劇、人生の皮肉を描いた作品が好きな人には、なかなかスパイスの効いた映画なのではないでしょうか。


『Mirror 鏡の中』

原題:鏡の中へ
2003年執筆原稿

 2003年の夏、『箪笥』、『狐怪談』、『4人の食卓』、そして『Mirror 鏡の中』と、韓国映画はホラー映画合戦ともいうべき様相を呈したが、それらの作品群の中で、最もオーソドックスかつ安心して観ていられた作品が、この『鏡の中へ』だ。しかし「安心して観ていられた」というのも変な話で、無難過ぎて旨味がない裏返しでもある。一種のショッキング性を求める観客には退屈な内容だし、少し古い感があるのも否めない。話の広がりも小さくて、せこい。

 物語は、ホラー映画というよりも、ミステリー・サスペンスであることに力を注いだような展開だ。因縁めいた、あるデパートが新装開店を目前に、不可解な連続殺人事件に見舞われる。元警察官で、今はデパートの警備主任のヨンミン(ユ・ジテ)と、彼の元同僚で刑事のヒョンス(キム・ミョンミン)はその犯人を探るが、調べれば調べるほど事件は説明がつかない方向へと進んで行く。

 この映画の欠点をもう一つ挙げるとすれば、犠牲者たちの行いに道徳的な問題があったために、犯人に殺されるかのように見せてしまった事だ。「不良社員を闇に葬る、まじめな幽霊」のようになってしまい、私は可笑しくて仕方なかった(もちろん、実際はそうではない)。

 主演のヨンミンを演じたユ・ジテは、とても暗い過去を引きずる元刑事には見えず、人柄の悪さやコンプレックスを役柄にもっと感じさせて欲しかった。ヒョンス刑事を演じたキム・ミョンミンは、実は本当の主演かもしれない。過去のトラウマに悩み、何も出来ないヨンミンに比べ、彼は実際に行動し、事件の理論的解明に挑むからである。

 物語の結末は凄惨だ。最近の映画には珍しく、1970年代後半から1980年代にかけてのマカロニB級ホラーのようだ。また、映画のラストには『猿の惑星』並みの、とんでもない結末が待っている。これを観た日本人の多くは怒るか、呆れるか、腰を抜かすかのどれかとは思うが、このオチのせいで本作『鏡の中へ』は、ますます奇妙な作品になったことは間違いない。

 さて、皆さんはこの「とんでもないオチ」を、どう解釈するだろうか?


『千年湖』

http://cinemakorea.org/sennenco/
2003年執筆原稿

 この映画の予告編を劇場で観て、「観るのやーめた」と思った方は、残念ながら外れである。かくいう私も「やーめた」と思った方だが、この『千年湖』は、そういう予感を100%覆す、出来のよい伝奇ファンタジーに仕上がった。

 中国との合作という形をとってはいるが、話はあくまでも朝鮮半島を舞台にした物語であり、一部ロケ地を除いては、中国的な色合いが出ないよう一貫した演出が行われている。ただし、撮影と美術に関しては、実質、中国側スタッフ中心で進められたようで、通常の韓国映画では観ることの出来ないような、重厚で美しい映像美に仕上がっている事は、皮肉といえば皮肉である。

 この作品の弱点を挙げるとすれば、大作であるにもかかわらず、話の規模が小さいことだろう。主要な出演者が少ない事もあり、どうしても内輪のせせこましい話で終わってしまっている。また、戦闘シーンも派手な割には、のんびりして迫力がない。

 悲劇の武将ビハラン演じたチョン・ジュノは、端正な顔立ちが、この手の時代劇にぴったりだが、少々太り気味のようだ。あと10キロくらい痩せていれば、もっと格好よかったに違いない。真聖女王を演じるキム・ヘリは、立ち振る舞いに気品があり、理知的で分別のある役柄を好演している。高貴な役柄が似合うという点では貴重な個性だろう。鬼神と化し、暴れ廻るジャウンビを演じたキム・ヒョジンは、妙な演技の癖もなく、素姓の良さを感じさせる。ただ、無難な分だけキーキャラとして弱かったようだ。

 『千年湖』のような伝奇ファンタジーは、韓国映画における数少ない独自性のあるジャンル物といえるだろう。企画的には古臭い印象からは逃れられないが、ここ数年製作された、この手の作品としては最も出来が良く、楽しめる一本であると思う。『KUMIHO/千年愛』や『燃ゆる月』で、この手の韓国映画に愛想を尽かした方々に、お勧めしたい作品だ。


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