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Review 『ノートに眠った願いごと』『アイスケーキ』
『八月の日曜日たち』『4人の食卓』

Text by カツヲうどん
2007/1/28


『ノートに眠った願いごと』

原題:秋へ
2006年執筆原稿

 この作品を観ていて意表を突かれたのは、今から10年以上前にソウルで起こった三豊百貨店崩落事故をそのままストレートに描いていたことでした。この事件が正面きって描かれたのはどうやら今回が初めて。でも、100%実話に基づくお話かというと、そうではなくて、妙に力の入った崩落の描写と対照的な腰抜けラブ・ストーリーの組み合わせはトンチンカンで全く噛み合わず、結果的にはなんだかヘンな作品になってしまいました。


画像提供:ソニー・ピクチャーズ

 物語は、キム・デスン監督のカルトな名作(怪作という声も・・・)『バンジージャンプする』の重い呪縛にぐずぐずと引きずられたような内容で、二番煎じどころか三番、四番煎じのビシャビシャな味わい。主人公たちはお話を作るために無理やり作ったような魂の抜けたキャラクターです。とりあえず、『バンジージャンプする』と同じような「?」話で物語は進んで行きますが、今回はしらけるほど現実的な種明かしが用意されていて、がっくりすること請け合い。ただし『バンジージャンプする』の時は、オカルテックな部分が批判の元にもなったでしょうから、『ノートに眠った願いごと』という映画は『バンジージャンプする』に対する監督の遅すぎる釈明のようにも思えました。あまりにも映像がひどいので、誰が撮影を担当したのか調べてみたところ、なんと『四月の雪』の撮影チーム。『四月の雪』を観たときも、その映像的センスの悪さに驚いたのですが、『ノートに眠った願いごと』においても致命的といっていいくらい映画の魅力を殺いでいます。

 これは私の妄想ですが、『ノートに眠った願いごと』という企画の根底には、愛やファンタジーよりも三豊百貨店崩落事故そのものを描きたいという考えが、物凄く強かったのではないでしょうか? でも、崩落事故そのものを描くことがうまく出来なくて、半端なラブ・ストーリーを無理やり絡めてしまったので、結果的にうわべだけの映画になってしまったような気がします。「あーあ、三豊百貨店崩落事故を描けないかな。どういう話がいいかな? そういえば三豊デパートの隣に検察庁と最高裁判所があるから、当時も司法関係者の出入りが多かっただろうし、あそこら辺はテレビ関係者も多いなぁ・・・ そうだ!そんなら、主人公は検事で、恋人はテレビ・プロデューサーで。去年の旅行じゃ、紅葉が綺麗だったから映像イメージは秋でまとめて・・・」なんて具合に企画を進めていったのでは?

 キム・デスン監督の個性と作風というものは、なんだかいつもモヤモヤとして、はっきりしません。一つビシッと筋の通ったものがあれば名匠になりそうな気もするのですが。また改めて感じたのは、キム・デスン監督は女性を描くことが、とてつもなく下手だということ。『ノートに眠った願いごと』という作品はそんな監督の迷走ぶりを示しているかのような映画でした。

2007年11月、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ


『アイスケーキ』

 最近、日本でも昭和30年代、つまり希望と未来、そして人情が生きていた高度成長期を舞台にした映画がちょっとはやりましたが、この『アイスケーキ』はそれから少し後の1969年を舞台にした物語です。この年、アメリカではニクソン大統領が就任し、アポロ11号が月面に着陸。韓国ではKBSが開局、朴正煕政権が発足5年目。いわば韓国が本格的に高度成長期に入る直前の時代を描いた作品といえるかもしれません。なにゆえ全羅道の麗水を舞台にしたのかはさっぱりわかりませんが、監督のヨ・イングァンか、シナリオ担当のヨン・ミジョンにとっては深い意味があったのかもしれません。

 映画は本当にストレートな家族向けの内容です。母と二人暮しの少年ヨンネ(パク・チビン)が、死んだはずの父が実は生きていることを知り、単独ソウルに行く旅費を稼ごうとアイスケーキ売りで四苦八苦する姿を描いた内容です。日本でアイスケーキといえば、一昔前のクリスマスでおなじみのケーキ型アイスを連想しますが、この作品ではシロップを凍らせたアイスバー。とても美味しそうには見えませんが、時代が時代だったゆえ庶民的なお菓子として価値があったのでしょう。

 映画の出来は正直いうと毒にも薬にもならずで「なんでいまさら・・・」な印象が否めませんが、子どもたちのシビアな関係がきちんと描かれていて、大人との関係も甘くお人よしな展開にならないところに製作側の良心を感じる映画になっています。この時代、大人も子どもも、その日を生きることに精一杯。一応義務教育には通っていますけど小学生だからといって働かないと生きてゆけません。だから大人も他人のことなど構っていられず、法スレスレのことをやって生きていますし、手も口もすぐ出てしまいます。だけど肝心なところでは決して他人を見捨てない共生のルールがちゃんとあって、殺伐ながらも濃い人間関係の中で暮らしています。韓国は今でも日本より人間関係が濃厚ですが、やはり都会化が進むにつれて人間関係も年々変化してきていることは確実で、当時を知る人たちは皆一抹の寂しさを感じているのでしょう。

 主演のパク・チビンは『奇跡の夏』で一躍注目された子役ですが、今回はずいぶん成長したこともあって、妙に分別臭く田舎の純朴な少年にはとても見えません。どうせなら、もっと個性的かつ奇妙な役を演じた方が彼の持ち味が活かせそうな気がします。それよりも、アイス売り仲間のソンス演じたチャン・ジュニョンの方が今回は印象に残ります。彼もまた昔の少年にしてはあまりにも都会的なのですが、くりくりの坊主頭に優柔不断なキャラクターが時代をうまく感じさせる少年像になっていて、悲惨な境遇でも見せてくれる屈託ない笑顔こそこの映画のテーマだったのかもしれません。アイス工場の青年インベク演じたチングは無口ながら光る存在。彼もまた当時を映し出す代弁者ともいえるキャラになっています。

 『アイスケーキ』は実際、全羅南道のコッソンに大きなオープンセットを作って撮影されたそうですが、それは地元振興の目的もあったのでしょう。凝ってはいてもイマイチの出来。でも、撮影がオープンセットのボロが出ないよう巧みに絵作りされていて、誰が担当したのかなと調べたところ、クァク・キョンテク監督の盟友ともいうべきファン・ギソクが撮影監督でした。納得です。もし彼の撮影チームでなかったら、もっと貧相な回顧ドラマになっていたかもしれません。

 『アイスケーキ』はこれといってセールスポイントがない映画ですが、案外年配の日本人には共感できる作品かもしれません。


『八月の日曜日たち』

 この映画、驚きのオープニングから始まります。田舎の一直線に延びた道路が、ぐるりと回転を始めます。つまり固定カメラが360度回転を始める訳です。どこまで廻るのかな、とじっと待っていると、どこまでもどこまでも、ゆっくりゆっくりゆっくり廻り続け、「え!? どこまでやるの?」というところまで回転し続けます。そして、続く衝撃的な次のカット。ここで、なぜ映画の冒頭がゆっくり回転するのか全て解氷するのです。私はこれ見よがしな実験的表現は嫌いなのですが、この2カットだけは拍手ものの素晴らしさ。でも回転がのろ過ぎるうえ、いつまでも映像が変わらないので、ここでハナを折られて観る気を失う人もいたでしょう。ただ、映画が冴えているのはここまで。あとは実験的な映画によくある日常のだらだらした光景を、FIXで延々と並べてゆきます。つまり物凄く忍耐を要求される映画なのでした。

 物語の基本は、交通事故で昏睡状態になった妻が持っていた『八月の日曜日たち』という本を巡って夫がその本の素性を探る、という文字で書けばミステリー風なお話ですが、実際は夫と女医、古本屋の若旦那三人のほとんど関係ない日常をぐたぐたと描き続けます。つまり発端はあっても展開は何もない映画といえるかもしれません。これはこれで、シュールな映像美だとか無名でも魅力的な俳優陣だとか、新しい発見や魅力を見出せればまだよかったのですけど、とにかく二時間、拷問にかけられているような映画。いや、それすら疑問に感じる、あまりにも難解な内容で、映画とは何か?という禅問答に囚われてしまいます。起承転結、老若男女誰でもわかりやすく、というのが今の韓国映画の王道かつ義務であるとするならば、『八月の日曜日たち』は「インディーズ映画は物語と決別しなくてはいけない。映像のエモーションが全てだ! 観たくない奴は観なくていい!」という韓国作家系映画の王道を行く作品なんでしょうか(笑)。

 確かにこういう作品があってもいいだろうし、英語の字幕を付けて外国で上映すれば、誤解して支持してくれる外国人観客もいるでしょう。それにこういう作品を撮ることが出来る才能というのもある意味ではうらやましい。でも、『八月の日曜日たち』がこれからの韓国映画の未来にどれだけ新たな可能性と発展の契機となりうるか、私にはさっぱり予想できません。こんな作品ばかり続くと、大手のインディーズ支援策も絵に描いた餅になってしまうのでは?


『4人の食卓』

 「ホラー映画とは何か?」 それが広義的であれば、この『4人の食卓』はホラー映画であろうし、狭義的であれば、とてもホラー映画とはいえないだろう。私は本作品を観終わった時、実直に「こりゃあ、ホラー映画じゃあない」と言葉を漏らしてしまった。では、どんな映画か?といえば、純粋に人間の内面世界を描いた映画であり「トラウマ・サスペンス」と表した方が本質に近いのではないかと思う。日本の作品、実写なら勅使原宏+安部公房の初期作品群、アニメなら押井守+伊藤和典の作品群のような内容なのだ。こう例えると「それじゃあ、全然面白くないじゃないか」という意見と、「本当? それは期待できるな」という風に意見が分かれるだろうと思う。日本で公開された際は、全くそっぽを向く方々と、韓国よりも高く評価する方々の二通りに分かれるのではないだろうか。

 物語は『シックス・センス』を連想させるが、全く違う。もっと人と死の関係というものを、直接に真面目過ぎるくらいに見つめた物語だ。パク・シニャン演じるインテリアデザイナー、ジョンウォンの人生は、まさにその象徴だろう。彼は、自身が霊能力者として運命を受け入れる事である程度救われるが、逆にチョン・ジヒョン演じる主婦ヨンは、自分の能力を受け入れられず、ある決断をしてしまう。そういう数奇な立場にさらされた二人の対比は、『シックス・センス』の主人公たちの最後の選択に近いかもしれないが、それはあくまでも結果論に過ぎない。なぜなら『4人の食卓』における超常現象とは、あくまでも「ホラー映画」のふりをする方便に過ぎず、主人公二人の底無しトラウマの前には実はどうでもいい事だからだ。

 監督のイ・スヨンは、具体的なドラマ展開や回答を避けているように見え、あくまでも意識の断片と現実の様相のイメージを羅列させて話を進めていく。その結果、観客の方は訳がわからなくなってゆく。だからハリウッド的ホラー映画を期待する向きにも絶対ダメだが、前衛さが好きな方には印象に残る作品になる可能性がある。が、どちらにしても十分以上に退屈であることも間違いない。

 この映画において観客の多くが期待すべき最大の部分は、主演がチョン・ジヒョンである、ということだ。『猟奇的な彼女』の汎アジア的成功で、日本でも彼女の人気は上昇中だが、今回は彼女の持つ明るさや若さ、三枚目ぶりを期待すると、全くがっかりする事になる。なぜなら本作品でのヨンは若くして人生に疲弊し絶望した人間だからだ。だが、そういう役柄を彼女は非常にうまく演じており、これから彼女が年齢を重ねていった時、どういう女優になるか、楽しみな予感を感じさせた。ジョンウォンを演じたパク・シニャンは、今回、非常に素晴らしい熱演を見せた。今回の演技を見ていると、彼は普通の役柄でこそ演技の力強さが光り大変魅力的である事がよく分かると思う。日本では無名同然の彼だが、『4人の食卓』の主演はあくまでもパク・シニャンである事は、作品を観た多くの方々には異論はないだろう。  撮影のチョ・ヨンギュも地味だがなかなか良い。これだけ退屈な内容をそれなりに飽きることなく引っ張ったのは、彼ら撮影チームの功績がかなり大きいと思う。憂鬱な画面作りは巧みである。

 『4人の食卓』は娯楽映画とは程遠い。だが、はまる人には、はまるかもしれないカルトな映画である。


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