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Review 『約束』『絹の靴』
『ヴォイス』『アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争』

Text by カツヲうどん
2006/10/1


『約束』

原題:国境の南側
2006年執筆原稿

 朝鮮半島が二つの国家に分断されてから約半世紀。一つだった時代を知る人々は年々減ってゆき、韓国も北朝鮮も戦後生まれの世代が社会の大半を占めるようになった今、半島で生まれ育った人々にとって、互いの存在というものは、日本人が一般的に考えるよりも、遥かに冷淡で無関心なものなのではないでしょうか? 言葉や文化が同じとはいえ、50年という月日は、お互いの気持ちや感情の間に越え難い高い壁と、谷間を構築するには十分な時間です。いくら美辞麗句を並べて、同胞であると訴えようとも、時間が生み出した差異というものは残酷であり現実的です。この映画の原題タイトルで使われている「〜側」という言葉は、そんな互いの間に横たわる無慈悲な溝を暗喩している表現でもあると思うのです。

 この映画は、よくある脱北物や民族分断の悲劇物とは、かなり異なった印象を受けた作品でした。製作者側の視点はたえず客観的、冷ややかに感じることもあるくらい、北と南の現在の関係というものを突き放して描いています。しかし、その裏側には国や文化、政治を越えた普遍的な人間ドラマを描こうという一貫した姿勢があったからこその冷たさだったのではないでしょうか。

<物語>

 主人公のキム・ソノ(チャ・スンウォン)は北朝鮮の首都、平壌で両親兄弟と共に恵まれた暮らしをしている青年です。仕事はオーケストラのホルン奏者。そろそろ恋人のイ・ヨナァ(チョ・イジン)との結婚も考えるこの頃。しかし、幸せはいつまでも続きません。ソノの父親(ソン・ジェホ)が密かに南側と手紙のやりとりを行っていたことが当局に知られてしまったのです。しかも、相手は祖国のために戦死したはずの祖父。実は戦後の韓国で生きていて資本家として財を成していたのでした。

 祖父の臨終が近いことを知ったソノの父親は脱北を決意します。そこで、ソノはヨナァに一緒に韓国行くことを訴えますが、彼女は家族を平壌に残してゆくことはできません。いつか再会することを誓って後ろ髪ひかれるように別れるのでした。家財をそのまま残し、慌しく中国国境に向かうキム一家。なんとか、ドイツ領事館経由で韓国に亡命したソノ一家でしたが、南の親戚が彼らを見つめる視点は冷ややかそのもの。突然現れたソノたちは、彼らにとって厄介者でしかなかったのです。また、脱北者にとってソウルでの暮らしは想像以上に大変です。結局、ソノたちはソウルでの現実から自らの故郷が北であったことを改めて実感させられますが、もう戻ることはできないのでした。

 そんな日々でしたが、時が経つにつれて少しずつソノ一家にも幸せが訪れ始めます。ソノは、フライドチキン屋のおかみソ・ギョンジュ(シム・ヘジン)と結婚し、家庭を持ちます。そして一家で立ち上げた北式食堂は評判になって、忙しい毎日を送るようになりました。そんなおり、ソノの元にヨナァが脱北した知らせが届きます。脱北者更生施設で喜びの再開をする二人でしたが、ソノは自分が既に家庭を持っている事をヨナァに言い出せません。ギョンジュに秘密でヨナァと逢瀬を続けるソノでしたが、やがてその事もばれてしまう時がやって来てしまいます。

 それから数年後。ヨナァとの連絡も途絶えて、彼女がどこで何をしているのかまったくわからなくなった頃。ソノは写真館の軒先で、偶然にもヨナァの消息を知ることになるのです。

 この『約束』の魅力の一つは、「民族分断の悲劇うんぬん」以前に非常に優れたラブストーリー、愛憎を巡る人間ドラマになっている、ということでしょう。登場人物は皆、大人です。じっと我慢強く、ヒステリックに愛を表現したりは絶対にしないのです。ぎりぎりまで気持ちを抑え続け、時にはそれが噴出することもありますが、だからといって物語が劇的に転換したりはしません。このじわじわと効いてくる感動は『八月のクリスマス』を思い出させるものであり、同作品が好きな人には、この『約束』も堪えられない映画でしょう。

 また、脱北者から見た「南側で暮らすということ」が、かなり現実感を持って描かれていて、従来の脱北者を描いたドラマとは一線を画しています。ですから、我々外国人であっても、映画を観終わった後、原題にある「南側」という言葉が、実は単に韓国を示すだけではなく、複雑で深い意味を持っていることが伝わってくるのです。

 劇中の美術も特筆すべき出来栄えです。平壌の日常を描くことに、かなり予算が費やされていますが、そればかりではなくて、ソウルにおける市井の暮らしも、地味ながらリアリティーを重視した描写になっている点も物語に深みを与えています。

 主演のチャ・スンウォンは、コメディ中心の活動ゆえか日本できちんとした評価がなされないことは残念ですが、『約束』での演技は、おそらく彼のキャリア中、最良のものの一つです。ヨナァ役のチョ・イジンは『台風太陽〜君がいた夏〜』でちょっと変わったヒロインを演じていたので、記憶にある人もいるでしょうが、今回は全く違うイメージの役柄だったので一瞬わからないかもしれません。キャラクターとして、ちょっと注意してほしいのは、シム・ヘジン演じた、ソノの妻ギョンジュです。彼女は独りでチキン屋を切り盛りする中年女性なんですが、ソノと知り合うことで愛を得て新しい人生をつかんでゆきます。これは一昔前なら「売れ残りのオバハン/アジュマ」という訳で、自虐的なお笑いキャラ、可哀想な女性のおもしろおかしい恋愛として描かれがちだった部分ですが、この映画の中では彼女を特別視せず、ソノとの関係を普通の恋愛として描いたことも、この映画の優れた点でしょう。

 監督のアン・パンソクはテレビ・ドラマのPDとして活躍、今回が映画初登板ですが、リアリズム重視の演出と、ドライながらもヒューマニズム溢れる視点は、次回作を思わず期待させてしまうものでした。

 この『約束』の前半で描かれる脱北に至るまでのドラマは紋切り型で甘いものかもしれませんし、日本では「北朝鮮に対する姿勢が甘い」と批判される可能性もあるでしょう。また、最近、日本のマスコミでよくいわれている「韓国の潜在的な赤化」という意見を重視してしまうと、それこそこの映画は「洗脳目的のとんでもない作品である」と神経を尖らせる人が出てきてもおかしくありません。しかし、この作品で描かれた普遍的な人々の感動的なドラマは、それらを差し置いても見る価値は十分あると思うのです。

 この作品は韓国ではヒットしませんでしたが、そんなところにもまた、劇中で描かれた「南側」というテーマが、韓国と北朝鮮の関係というものが、図らずもリアルに反映していたのではないでしょうか? 2006年度の中でも、ベストの一本ともいえる珠玉の作品です。


『絹の靴』

フル・タイトル『絹の靴、買って持っていらっしゃるそうだが』

 この映画を監督したヨ・ギュンドンは、『セサン・パクロ 外の世界へ』や『寵愛』、オムニバス『もし、あなたなら〜6つの視線』の中の一編『大陸横断』などで、日本でも知っている人は知っている人物。特に『セサン・パクロ 外の世界へ』は、韓国映画史の中でも記憶に残る作品であり、『もし、あなたなら〜6つの視線』の『大陸横断』は傑作といってもいい作品でした。皮肉いっぱいに社会の矛盾に切り込み、ペシミステックな姿勢を見せる反面、ヒューマニズムと映像美でみせる、といった具合に、かつて反骨で鳴らした韓国映画の潮流を汲んだ映画監督の一人といえるでしょう。ただ、今はどちらかというと、異端な存在になってしまっているのではないでしょうか?

<物語>

 映画監督のマンス(チェ・ドンムン)は公開された新作が大失敗、傷心して日本に行こうとしていた矢先、ヤクザ系金融会社から「プロデューサーがとんずらしたので、代わりにお前が金をなんとかせぇ」と呼び出されます。しかし、マンスに肩代わりできるような財産はありません。そこで金貸し業者のソンチョル(イ・ソンミン)が意外な返済代案を持ちかけてきます。ソンチョルの父、ペ・ヨンガム(ミン・ジョンギ)は北朝鮮にある、金剛山で有名なケマ高原の出身でしたが、朝鮮戦争で家族と離れ離れになり、韓国で戦後を生きてきました。でも最近は痴呆症がひどくなり、昔を思い出して塞ぎこむ毎日。そんな父親の故郷に帰る願いをソンチョルは演出しろというのです。

 背に腹は代えられず、助監督たちに協力を仰ぎ、偽の訪朝旅行を企てるマンス。しかし、ヨンガム老人は誰が誰やら見分けることが出来ない状態だし、出演者オーディションをすれば当のソンチョルが俺を使えとやってくるわで、前途多難です。偽訪朝の当日、マンスの元にヨンガムと同じような境遇の老人たちが何人もやってきて、北にいる家族への差し入れをマンス一行に託します。ヨンガムの偽訪朝旅行、それはマンスたちが思う以上に、他人の重い人生を背負っていたのです。

 『JSA』の板門店セットから一行の旅は始まります。でも、北朝鮮の国旗を掲げたベンツに、運転手は北の軍人姿ですから、警察を巻き込んだ大騒ぎに。でも、そんなことはお構いなしのヨンガム老人は、独り一行から離脱して家族を探して山中をさ迷います。そして、ある老婆と出会ったことから彼の本当の旅は始まってゆくのです。

 この作品は基本的にはロード・ムービー。地方ロケが中心のためか『セサン・パクロ 外の世界へ』の流れを感じさせる映画です。コメディ仕立てではありますが、どのキャラクターも現実的な悩みを抱えていて、とても人間臭い連中ばかり。金貸しソンチョルは、一見こわもてであっても、どこかで人を信じている誠実さがあって、決して悪人ではありませんし、ヨンガム老人は、現実の狭間に置いてけぼりにされてしまった人々の象徴であって、いくら呆けた様子がおかしくても心から笑えません。また、映画監督のマンスが街金に嫌がらせを受ける様子も、映画界の裏側を見るようで、決してお笑いネタとはいえないでしょう。

 この作品のもう一つの見所は、やはり映像美です。デジタル独特のシャープな映像は、韓国の澄んだ冬の空気感というものを見事にとらえていて、劇中ダイアモンド・ダストが降り注ぐシーンは感動的です。この『絹の靴』はビデオ撮りの作品ですが、正直なところフィルムで観たかった映画。ビデオで製作されたことで、低予算であることが、貧相な様相を呈してしまい、味わいが今ひとつだったからです。デジタル機器の発達と普及は、インディーズでがんばるクリエイターたちに作品製作の機会を確実に提供しているわけでもあるので、一概にどちらがいいとか悪いとかいえないのですが、今回はフィルム撮りの方が良かった企画でした。


『ヴォイス』

原題『女高怪談4:声』

 夏といえば、女高怪談。定番としてすっかりおなじみになった本シリーズだが、「いったい、いつまでやるの?」といった感がなくもない。第四作目もタイトルに「4」と「死」を引っかけている、ひねりも何もないコピーなので、これを見ただけで観る気が失せた大人も多いと思う。前作『狐怪談』があまりにもひどすぎたので、悪夢再びの予感がするタイトルだ。しかし、本作は意外にもなかなかよく出来ていて、今までの女高怪談シリーズの集大成とでもいうべき内容になっている。一作目のきまじめさ、二作目の映像美、三作目のキワモノぶりがバランスよく配合された感じであり、本シリーズ初見の方にも、そこそこお勧めできるといえるだろう。

 ある日、悪夢から目覚めたヨンオン(キム・オッピン)は、自分が死んでいることを知り恐れおののく。唯一ヨンオンの声を聞くことができる、かつての親友ソンミン(ソ・ジヘ)の協力をえて、わが身に何が起こったのかを探ってゆくことになる。そして、事件の裏に潜む秘密が暴かれるにつれて、ヨンオンは、もう一人の恐ろしい自分自身と対峙せざる得なくなってゆく。

 今回、ちょっとだけ異色なのは「主人公が幽霊である」ということだ。幼稚なこけおどしを避けた演出もあって、幽霊の立場から真実を探ってゆく物語は、ばか系ホラー映画というよりも、乙女たちの愛憎劇を描いたハードゴア・ファンタジーともいうべき内容で、物語の基本は自分探しのオデッセイといえる。記憶を喪失した主人公が、記憶を辿ることで意外な事実に突き当たる、というのはミステリーの定石ネタだが、青春とは辛いものであり、やり直しのできないシビアなものである、といったメッセージを含んでいて、なかなか映画を深いものにした。また、レズビアンであることを描いたシーンが出てくるが、これは、ここ数年で観る側の意識が大きく変化したあらわれなのだろう。

 女子高校生活の描写にリアリズムはないが、これは本作が本格デビューとなったチェ・イクァン監督の「どうせわからない世界を舞台にするのなら、思いきり異空間として描こう」という割り切りが感じられて逆に小気味よい。新人キム・ヨンフンの撮影と、ベテラン、イ・ソクァンが担当した照明のコンビネーションも優れて格調高く、映画に耽美な雰囲気を醸し出している。

 毎回、新人女優登竜門の感がある本シリーズだが、チェ・イクァン監督は、出来ない演技を無理にやらせるよりも、よく見えるだろう部分を引き出す演出をしており、三人の足りない演技力をたいへんうまく救済している。今回、中心を担った三人のうちで注目すべき存在は、姿の見えないヨンオンと話せる、という難しい役柄を演じたソンミン役のソ・ジヘだろう。個性とルックスのバンランスも良く、学校では一匹狼的なソンミンは一番印象的なキャラクターだ。中堅どころとしては、キム・ソヒョンが、謎の音楽教師ヒヨンを演じたが、よくわからない人物のまま画面から消えてしまい、彼女を含めて大人のキャラは毎度おなじみ、どうでもいい扱いになっている。

 主人公が最初から死んでいるだけにラストは簡単なハッピーエンドとはいかない。日本の『呪怨』シリーズのように、場に人の情念が積み重なり、呪いの重力を増してゆくことを暗示して幕を閉じる。いわば次回作への予告とも、とれるようなラストであった。この『ヴォイス』は、かくべつ優れた作品ではないものの、チェ・イクァン監督の技量は感じられたし、本シリーズ第三作を観て愛想をつかしたファンを引き戻すくらいの力は持ち合わせた映画といえるだろう。


『アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争』

 このアニメーションは、企画されてから劇場版が完成し公開されるまで約8年を費やした執念の作品です。FLASH版は、既に数年前からウェッブで公開され、やはり数年前にゆうばり国際ファンタスティック映画祭や東京国際ファンタスティック映画祭で上映されたので、日本でも観た方はいると思いますが、今回の劇場版は、新たに動画枚数、十万枚以上を使って製作されました。完成から公開までだいぶ時間が空いてしまったのは、やはり韓国内マーケティングの問題だったのでしょうか。

 声優陣にリュ・スンボム、イム・チャンジョン、ヒョニョンらをむかえたことが話題の一つになってはいますが、別にそれとは関係なしで十分楽しめる内容になっています。でも、この作品の持つ攻撃的な部分は、今の日本人にとっては幼児的なストレートさを感じさせるものでもあって、そこに圧制された鬱屈さを感じてしまうか、素朴だけど工夫が足りないと見るか、今までの韓国映画にはなかった新鮮なものとして見るかで、この映画の感想は大きく変わってくるでしょう。

 シノプシスを読むと、大昔前のギャグ漫画『トイレット博士』のようですが、排便ネタはあまり重要ではなくて、あくまでもゲーム感覚の暴力描写に主眼をおいたアンチ・ユートピアものとしての性格が強い内容になっています。バイオレンス描写がこの映画の大きな見所になっていますが、それはウェッブ上でいささかおかしな言動をみせる人たちを連想させるものがあり、不愉快な気持ちになる人も案外多いのではないかと思います。

<物語>

 遠い未来、荒廃した巨大都市。そこでは人々の行動が国家に逐一監視され、街中は弱肉強食、倫理はあって無きに等しい無法地帯。暮らす市民は、エネルギーの源になるウンコと引き換えに、ドラッグ「ハード」を国から供給されていましたが、「ポジャギ団」という謎の強盗団が、この「ハード」を狙って国家警察相手に大暴れしていました。ところ構わず、ドラッグ奪回に全てを注ぐポジャギ団員たちでしたが、それを束ねる冷酷無比のポジャギ・キングにとって部下はゴミ屑同然、いくら死のうと殺そうとお構いなしの苛烈さ。そこに彼らを狙う謎の凄腕サイボーグが加わって、三つ巴の戦いを日々繰り広げているのでした。

 アーチ(リュ・スンボム)とシパック(イム・チャンジョン)は街中に巣くう小悪党。見た目は怖くても喧嘩はからっきし弱く口先だけです。でも、ある日、偶発的な事故で「ハード」を大量に手にしたことから、一躍セレブへとのし上がり、国家存亡を賭けた戦いへと巻き込まれてしまいます。ポジャギ団に愛しいイップニ(ヒョニョン)を拉致されたアーチとシパックは、ポジャギ団と国家警察が熾烈な決戦を繰り広げる場に乗り込んでゆきますが、行く手には強化改造されたサイボーグたちが立ちはだかり、ポジャギ団と凄腕サイボーグの戦いも始まって舞台は乱戦状態へ。果たして、最後に勝利を手にするのは誰なのでしょうか?

 物語は下品で緩いギャグの連続ですが、その根底にあるのは、管理国家に対する強い反感。アンチ・ユートピアものとしては定番ながら、かなりハードな物語になっています。デザイン的には面白い映像になっていて、特にポジャギ団のキャラクターは、この手のキャラとしてはかなり成功しているといえるでしょう。作品に独特のユーモアを付加したのは、彼らの存在があったからこそ。

 また、アフロの映画監督チミは、最後まで笑わせてくれて、単独で続編が作れそうなくらい面白いキャラでした(アース・ウインド&ファイアーの“Getaway”を使っているのも笑えます)。反対に最大の欠点ともいえるのが、タイトル・キャラのアーチとシパック(ついでにイップニも!)です。本当につまらないキャラクターで、映画の足を最後まで引っ張っていた感じがします。

 以前、監督のチョ・ボムジンは、この作品の構想について「大友克洋のアニメ『アキラ』みたいなアクションにしたいなぁ」と語っていたことがあって、劇中『アキラ』まんまなバイク・アクションもあるのですが、タイトル・キャラがつまらないところも『アキラ』と同じ。脇役が面白すぎて、話の本筋がそれてしまった感が否めません。

 舞台となる都市国家は、一応どことは説明されていませんが、なにげに未来のソウルだったり、決戦の場が砂漠と化した仁川空港だったりと、わかる人にはわかるようになっています。

 この『アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争』は、今観ると全体的なセンスの古さは否めませんし、ひねりも何もないウンコ・ネタに、反体制ネタ、暴力描写と決して万人向けではありません。しかし、韓国製アニメーションとしては格段に面白く、韓国におけるゲーム世代、アニメ世代の一結晶として、観る価値は十二分にある作品といえるでしょう。製作中、何度も頓挫しかかった企画でしたが、完成して劇場公開に漕ぎ着けたことは、嬉しい限り。とりあえず「おめでとう」といっておきましょう。


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