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Review 『アメノナカノ青空』『シングルス』
『春が来れば』『三日月と夜船』

Text by カツヲうどん
2005/12/4


『アメノナカノ青空』 ★★★★★

 この映画を観て、私は名作誕生の予感がした。話は古典的な難病物だし、地味な出だしに、最初は退屈さを感じるかもしれない。だが、物語が進行するにつれて、その起伏の無い展開こそ、主人公たちの複雑な心境そのものであることが伝わって来るのである。この静かなリズムこそ、ミナの絶望であり、母親の孤独なのだ。

 ヒロイン、ミナは体に障害を抱えた高校三年生である。留年している事もあって、彼女はクラスメートにとり、教室のタブー的存在だ。彼女の母親もまた、家族愛に恵まれない。レストラン経営者として、経済的に不自由が無くても、疲弊しているし、愛する夫は事故で失ったままだ。だから母娘二人の絆は極めて強く、他人が入る余地は全くない。反面、愛する対象がお互い一対一でしか無いため、時として二人の思いは一方通行になり、孤独を心に抱えてしまう。

 映画は決して感情的に物語を描くことはない。母娘の関係も、第三者との関係も、あえて淡々と描いていく。それは冷たいくらい醒めているようでもあるが、それゆえヒロインや母親の心境を、観客に疑似体験させてゆくのである。それは希なる映画的感動といえるものであり、奇跡的としか例えようがない経験だ。

 新人監督イ・オニは、習作として数本、短編を撮っている程度で、メジャーな作品参加は、『子猫をお願い』の脚色や『幸福な葬儀屋』の演出助手だけとの事だが、『アメノナカノ青空』で見せた映画的センスは、ちょっと以上に侮れないものを感じさせた。まさに今後注目して行くべき才能の登場であると断言出来る。

 ヒロイン、ミナを演じたイム・スジョンは、日本人が一般的に想像する韓国の女優とは、かなり趣の異なる顔立ちの持ち主であるが、静かで熱い演技を見せる。母親を演じたイ・ミスクもまた、素晴らしい。年齢をあえてさらけ出し、娘との絆と、自らの人生の孤独を、辛いまでに観客に訴える。ミナにとって、生涯唯一のボーイフレンドとなるヨンジェ演じたキム・レウォンもまた、気持ちのいい演技を見せる。その一見がさつなキャラクターは、時折見せる彼のやさしさを、感動的なまでに引き立てるのだ。こういった男のやさしさを、韓国の男性陣が嘲笑する傾向(本音かどうかは別だが)があることは、残念だが、それゆえ、日本人男性の方が、より彼に共感出来るのではないだろうか。

 また、この『アメノナカノ青空』は、この手のラブ・ストーリーの多くで欠如している、日常の苦しみをきちんと描いている点でも優れた作品だ。ほんの短いカットではあるが、交通整理員の描写は、その代表的なシーンだろう。

 ここ数年間で公開された韓国映画の中では、最も観るべき価値のあるラブ・ストーリーであると共に、2003年度韓国映画ベストの一本である事も間違いない。感動の必見作である。


『シングルス』 ★★★★★

 私は鎌田敏夫のオリジナル小説を読まないで、この映画を観た。もちろん、テレビ・ドラマの方も全く観ていない。だから、日本におけるオリジナル『29歳のクリスマス』を、韓国における『シングルス』と比較した場合の優劣については、なんともコメント出来ないのだが、日本のオリジナルに対して特別な思い込みがない限り、今回の韓国における映画化は十分以上の出来映えになっているのではないだろうか。クォン・チリン監督の演出は、出演者を皆活き活きと輝かせているし、会話劇中心であっても、切れが良く面白い。

 ドラマは、二組のカップルを中心に進んでゆくが、その中で、一番の主演といえるのは、ナナン演じたチャン・ジニョンだろう。今までの彼女は、主演作は多くても、お飾り的なきれいどころに終わってしまう事が多かったし、演技も個性も、生彩に欠けるものばかりだった。だが、このナナンの役は、まるで別人のようにきらめいている。時折、演技過剰でわざとらしかったりする事もあるが、チャン・ジニョンがこんなに魅力的な役柄を演じる事が出来るとは、正直なところ全く予想外の、驚きの出来事であった。この映画を観て、彼女のファンになる日本人が沢山出てくるに違いない。

 トンミ役のオム・ジョンファは、押しも押されぬ韓国のトップスターだが、非常に華のあるオーラを感じさせてくれる。『シングルス』では、あくまでも脇役に徹した感があるものの、出過ぎる事も引っ込み過ぎる事もなく、抜群の存在感を見せている。チョンジュン役のイ・ボムスは、今回もまた、今までとは全く別人のようなキャラクターを演じている。彼は地味ではあるけれども、個性と演技力を両立させた、まさに韓国映画の至宝のような存在だろう。スホン役のキム・ジュヒョクは、絵に描いたような韓国人男性といった感のある、実直なキャラクターを演じているが、個性が凡庸なので、他の三人の前では、完全に霞んでしまっている。だが、その平凡さも魅力の内だろう。

 この『シングルス』は、他愛ないトレンディ・ドラマといってしまえばそれまでだが、都市生活者の様子を快活に描いた、愛すべき佳作である。


『春が来れば』 ★★★★

 この作品は、観る人の予想をたいがい、外す映画ではないかと思う。一見よくある定番ストーリーに、予定調和の感動を求めた観客もいただろうし、青春の成長ロマンを期待した観客も多かっただろう。逆に、ワン・パターンのつまらない映画、と見切って、行かなかった人もいたはずだ。

 しかし、この映画は、そういった予想をまずは覆す。この作品には、ドキドキするようなカタルシスは全くないし、かといって冗長な人間ドラマかといえば、そうでもない。そういった部分に対する、観る側の予想を際どいところで、すり抜けて行くのである。おそらく、企画の段階では、製作に関わる人々の多くが、イギリス映画『ブラス!』や、ハリウッド映画の『スクール・オブ・ロック』のような作品を予想しただろう。だが、出来上がった作品は結果的に、何も起こらないことを重視したかのようだ。そこには、主人公のヒョヌが、やる気のない教え子たちと共に成長し、全国大会に突き進んでいくといった高揚感は一切ないといっていい。凡庸な現実の枠を外れた「ありえない話」になることを、始終避けたような演出ぶりに徹していて、物語の主眼は、あくまでも市井の人々の、儚い幸福を描くことに注がれている。

 少しひねくれた見方をすれば、韓国の映画興行事情を巧みにすり抜けた賢い企画ともいえるし、「ウェル・メイドでないと商売にならなくなった」という近年の韓国内映画ファンたちの、いい意味での変質ぶりが反映されているようにも見える作品だ。

 新人監督リュ・ジャンハの手腕は、バランスが取れており、不安定さは感じられないが、作風が知的である反面、どこか弱々しく、根づいた力強さに欠ける。それゆえ、観劇中はよくても、後に残らない類いの感動だ。

 登場人物たちは、現実味溢れるキャラクターばかりだが、その分、あまり魅力はない。そのせいか、映画も主演のヒョヌ演じたチェ・ミンシクに、よりかかりっきりで、だいぶ助けられたような感じがする。ヒロインの二人、ヨニを演じた中堅女優のキム・ホジョンも、スヨン演じた若手のチャン・シニョンも、自然な美しさと、優しいたたずまいは、とても魅力的だが、概して影が薄く「一男性が夢想する理想の女性像」といったところだろうか。

 もし、この映画の目的が、良心的な人間ドラマにあったのなら、それは十分以上に成功してはいるし、2004年度の韓国映画の中でも、出来のよい部類に入る。だから、観て損はないが、その作りの上手さが、可でも不可でもない優等生ぶりゆえ、個人的には釈然としない印象の方が強く残った映画であった。リュ・ジャンハ監督の次回作は、もう少しお行儀が悪くなることを期待したい。


『三日月と夜船』 ★★★

 誰にでも子供の時代を懐かしむ気持ちはあるものです。それが本当は辛い時代であっても、過ぎ去った一時の心象は、よき想い出として人生の終わりまで引きずり続けるのが人の性なのかもしれません。

 今、韓国では、1970年代から1980年代を舞台にした物語を、アニメや映画、テレビなど、様々な分野で製作しようとする動きが盛んです。それは、なぜなのでしょうか? この時代は「高度成長期=漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれ、韓国現代史の中でも栄光に包まれた時代ではあったのかもしれませんが、今の韓国とは比べられないほど辛い暮らしを強いられた時期でもあったと思うのです。しかし、それだからこそ、人々の関係は今よりも一層強く、濃く、良くも悪くも人間的な時代でもあったのでしょう。今の韓国社会を支える世代の中心は、その時代に幼年期や青年期を送った人々です。彼らにとり、我々日本人が考える以上に、この時代は思い出が一杯つまっている特別な時代なのでしょう。人間関係の合理化が進む今の韓国では、そういった過去への哀愁といったものは、これからも更に強くなってゆくのかもしれません。

 この『三日月と夜船』も、過去の一瞬を、愛情を込めて描いた作品ですが、私にとっては日本のアニメーション映画『火垂るの墓』を連想させた作品でもありました。『火垂るの墓』は戦火と復興の狭間で犠牲になっていった兄妹の悲劇を描いていましたが、『三日月と夜船』も、荒廃から立ち上がり前進していった韓国社会の中で置き去りにされていった兄妹の悲劇を描いていたからです。『三日月と夜船』の場合、人情味一杯の関係が描かれているので、『火垂るの墓』のように、救いようのない重い感動に打ちのめされる、といったことはありませんが、それだからこそ、当時の社会を問題提起しようとする製作者側のメッセージといったものが伝わってきます。

 主人公の兄妹、ナンナとオギには両親がいません。わずかな現金収入で生活する、おばあさんと三人暮らしです。父親は戦争で行方不明、母親は家出と、二人は捨てられた子供たちなのです。田舎ゆえ、なんとか生活も成り立ち、ナンナは学校に通うことも出来ましたが、おばあさんが腰を痛め、親戚を頼ってソウルに上京してからは、そうはいきません。今度は彼らが働いて生活を支えてゆかなければならないからです。辛い都会での生活に耐え切れなくなった兄妹は、家出した母親を探そうとして大騒動を引き起こします。そこで彼らは、自分たちの暮らす社会に高くそびえ立つ、貧富の格差という壁にぶつかってしまうのです。

 映画は、このように国家の高度成長期のもと、犠牲になっていった弱い立場の人々の生活を丹念に描いてゆきます。基本的に悪人が出て来ないことも、逆に当時の社会問題といったものを浮かび上がらせてきます。この『三日月と夜船』は製作年度が2002年、公開が2005年の夏となっていることからもわかるように、おそらくは完成してからも、しばらくお蔵入りしていたのでしょう。しかし、高度成長期の影を正面から描こうとした姿勢は高く評価すべきであり、観ても損はない作品です。


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